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大惨事がミラクルに変わるとき

Written by Your Favorite Enemies. Posted in カテゴリーなし

始まりは大惨事でした。本当の。午後2時頃、ドラモンビルからケベックシティへと移動中、今回のライブ会場であるはずだったThèâtre Petit Champlainに全く電気が通っていないことを知りました。去年の8月から告知をし、カナダ全国だけでなく、アメリカ、フランス、ドイツ、日本やオーストリラリアの世界中から、人が集まったライブでした。長距離電車、フライト、ホテルでの宿泊…そのワクワク感はいつもとは比べものにならないくらいです。なのに、ライブがキャンセルになったと伝えなければならないのでしょうか?そんなことはできません。バンドはティム・ホートンズに立ち寄りました。こんな時は、どこへ行ったって心が晴れないものです。喉を潤すためというよりも、そうする必要があったのでコーヒーを頼み、テーブルに座って、自分たちに何ができるかを分析しました。自分たちにできることは、そう多くありませんでした。違うライブハウスを借りたかったのですが、それは不可能でした。ライブをキャンセルせざるを得なくなった場合、他のライブハウスでも演奏はできないという条項があったのです。どこか皆で集まれるような部屋を借りようかとも思いましたが、古いケベックの街では全てが小さく、今夜来る予定だった300人ほどの人数が一度に集まるのは無理がありました。そこで、アレックスは突拍子もないアイディアを思いついたのです。YFEが所有する教会でライブをすること。でもライブができるくらいパワフルなスピーカーがありません。なのでレンタルすることにしました。皆は移動のための車を持っていません。ケベックシティからドラモンビルまで、行き帰りができるようバスをレンタルすることにしました。でも、やっぱりめちゃくちゃなアイディアです!時間までに全てを準備できるでしょうか?どこで皆をバスに乗せたら良いでしょうか?ライブをすることを内緒にしながら、どうやって皆に情報を伝えたら良いでしょうか?私は何をしたらいいか、何を考えるべきか分かりませんでした。というのも、私たちの教会に人を集めてライブをすることは、いつかやりたいと願っていたことです。5年前に教会を購入したときから、私たちが抱いていたヴィジョンでした。マージョは、”今夜、運転手付きの大型バス”をレンタルするために、バス会社に電話をし始めました。ベンは、”今夜、スピーカーを家まで届けてくれる(閉店までに取りに行くのは無理だったので)ところ”を探して、ミュージックストアに電話をし始めました。無茶苦茶です。ライブから数日経った今でも、無茶苦茶だったと感じます。私たちは家にいた人たちに電話をして、準備を頼みました:皆へのドリンク、クロークルームの設置、皆がブーツを脱げる場所の確保など。そして、一部のバンドメンバーとクルーが家へと戻る中、ジェフ、ミス・イザベル、マージョと私はケベックシティへ行きました。ライブ前に集まる予定だったレストランにて、ライブのキャンセルを伝えるために…。でも心の中では、誰も予想していないだろう方法で皆を驚かせることができると、ワクワクしていました。私たちは軽く挨拶を済まし、ジェフがアナウンスをしました。このニュースに多くの人ががっかりしました。遠く飛行機に乗って来た人たちや、家から長時間かけて移動してきた人たちは、メール等にアクセスができなかったため、この時まで全く知らなかったのです。みんな信じられませんでした。信じたくありませんでした。どこかに隠しカメラがあって、冗談を言っているんだと思ったくらいでした。でも、真剣なままのジェフの顔を見て、皆それが冗談ではないことを知りました。そこで爆弾を落としたのです。”でも!僕らは大型バスをレンタルしたから、それに乗ってYFE本部のあるドラモンビルへ行き、そこでライブを決行するよ!” 拍手喝采にヒュ〜と言う口笛、私はみんなが泣くんじゃないかと思いました。このニュースで部屋の空気は一気に活気溢れるものに!それがどれだけ魔法のようになるのか、この時はまだ知りませんでした。私たちはバスに乗り、モントリオールへとバスを走らせました。

移動中、私は家で全てを準備していた人たちから、たくさんのテキストメッセージを受け取りました。皆がどんなリアクションをしたのか、何を話しているのか、全部うまくいっているか…そうして、私はあるテキストを受け取ったのです。”今からやろうとしてることは自殺行為だ” そして私はまた不安になりました。今夜自分たちの望むように本当にできるんだろうか。あらゆることに対抗している気がする…。だって、ここ数週間で、セフはサッカーボールを受け取ったときに小指を折り、そのせいでライブをキャンセルすべきかと考えたくらいだし、そしたら当日になって地下爆発のせいでライブハウスの電力が全てカットされてしまったし…。ここのライブハウスがショーをキャンセルしたのは、50年ぶりだそうです。50年ですよ!何でそれが私たちのライブなんでしょうか?このライブは起こるべきではないのかも?ただおとなしく、楽しくみんなと時間を過ごすだけにした方がいいのかもしれない。でも、せっかく機材も、バスもレンタルしたのに?ライブのキャンセルが知らされたときの、ジェフの怒りようを思い出しました。”みんな音楽のために来たんだ。どこへ行っても経験できないようなこの交流のために。だから僕らは音楽を届ける。それ以外にない。わかったか?” ジェフの言葉が、どんどん不安になっていく私の頭の中で響いていました。そして私はiPhoneから目をそらし顔をあげ、バスの中にいるみんなを見渡しました。数分前まではお互いを全く知らなかった人たちが、今では長年の友人かのように楽しく話している、この興奮。それは直接、音楽の力によるものではありませんが、彼らの間には音楽という架け橋が存在します…そうして私はもう疑うのを止めました。今日は、YFE本部で演奏される音楽を通して、さらなる奇跡が待っていると信じました!

家に着き、急いで中に入りました。私はある重要なものをまだ手に持っていたのですー今夜のセットリスト 😉 下へ行き、ブーツを脱いで、今夜ライブが行われる教会の大広間、Upper Roomへと向かいました。そして、その光景に私は言葉をなくし、涙が溢れてきました。そうです。今夜は絶対に奇跡を見るに違いない!そう確信しました!

午後11時、私はマイクを握って、バンドを紹介しました。今夜のことは内緒にしていてほしいことと、ライブ中はカメラや携帯をカバンの中に閉まってほしいこと。今夜、この瞬間は彼らのためでした。カメラを通してではなく、音楽を最大限に感じて欲しかったのです。フィルターなしに、ありのままの瞬間を体感し、その瞬間が導く解放を感じて欲しかったのです。いつもライブ会場で音楽を楽しむような方法とは違うかたちで、思い切り音楽を体験して欲しいと思ったからでした。

そして何というライブだったんでしょうか。そこは教会ではなく、ある一つの世界そのものでした。個々にライブを見ているのではなく、皆で一体となっていました。まるで時間が止まったかのよう。あの瞬間には、この特別な交流以外、何も存在していないかのようでした。まるで他に大事なことなど何一つないかのように。クラウドの外から写真を撮っていた私にとって、その光景はまるで映画のようでした。こんなことが実際に起こるなんて有り得ない。これが本物だなんて有り得ない。そして、“From The City To The Ocean”の曲中、カメラを通してではなく、自分の目でその光景を見たとき、こう感じずにはいられませんでした。”この雰囲気、この空気、今この場で起きていること…これこそ、私が今もここにいる理由。今の私をつくっているもの。今ここで起きていることがまさに私が生きている理由。生きているとはどんな感覚かを知っている理由。そして、だからこそ私が海から街へと歩き出した理由。憂いと変遷を旅し始めた理由。” この夜この場にいられたことへの感謝で、だんだんと涙が目に浮かんできたとき、私は皆さんのことを想いました。私たちの物語がどれだけ普通じゃないものか。どれだけ奇妙な出来事によって、私たちが互いと出会い、知り合い、家族や兄弟、姉妹と呼ぶのを妨げたか。私たちを互いに一つにしたのは音楽ではありません。偶然じゃないんです。そんなものよりも、もっと素晴らしいもの。一生かかっても理解できないだろうことであり、理解する必要もないこと。それこそ、私たちが受け取れる最も美しい贈り物じゃないかと思うのです。そこに理解は必要ない。ただシンプルに生きればいいだけ。そして時々、それを最大限に生きることは、自分たちの頭で考えていることと真逆のことだったりするんです。もしも、それが私の印象だけだったとしたら、私は今ここにおらず、誰とも出会っていなかったでしょう。そして、私は今夜の奇跡が、全員をYFE本部に連れてライブをすることではないことに気づきました。本当の奇跡は、私たち全員が一緒にいたこと。バンドメンバー、YFE本部で一緒に生活をしている私たち、そして私たちと一緒にいたあなた。あの夜起きた本当の奇跡は、私たちです。きっと、あの夜、何が起ころうとも、何を感じようとも、何を経験しようとも、そう感じることができたでしょう。そして、これは何か新しいものへの始まりにすぎないのです…

熟睡とは呼べない、寝不足気味な夜を経て、翌日はまたケベックシティへ向かい、来てくれた人たちと一緒にブランチを楽しみました。みんな疲れ切っていたはずですが、それでもその疲れを誰からも感じませんでした。反対に、みんなの笑顔や笑い声が響いていました。いつものように、食事はあまり重要でないんですね。この時間はみんなで一緒に過ごすことについてでした…写真を撮り、アルバムや本にサインをしたり、前夜行ったライブについて話したり、今後起こりうることについて話したり、私たちのパッションや恐れなどについても…何のフィルターもなしに、互いに正直に会話をしました。このブランチは2時間の予定でしたが、結局その2倍の時間を過ごしました。太陽が沈みかけていなかったら、そして古いケベックの街を歩きたいという希望がなければ、まだまだ喋り続けていたと思います!結局、私たちにとっては全てが始まりに過ぎないのです…

そして最後に、こんな夢のように素晴らしい週末を過ごしたあと、現実を最大限に経験することは自分が夢見るどんなものよりも素晴らしく、人生で直面するいかなる惨事も最高の出来事に変えることができると確信を持って言えると思います…

帰宅、心は思い出でいっぱい

Written by Your Favorite Enemies. Posted in Shadows Of Dreams To Come Tour

ヨーロッパツアーを終え、家であるYFE本部へと帰って来ました。今は午前3時近くです。何故だか分からないけど眠れません…家に帰って来たという興奮か、ツアーが終わってしまったという寂しさか。ここでまたみんなに会えるという喜びか、先月一緒に時間を過ごした人たちと離れ離れになったという悲しさか。ツアーで見つけた心の平穏か、日々のルーティーンの中でそれを忘れてしまうかもしれないというストレスか(ルーティーンともあまり呼べませんが)。私は誰の中にも安らぎを見つけられないんだと理解できた安心か、一人になることへの不安か。暗闇への恐怖は、輝くことへの恐怖と繋がっています。もうすでに恋しい友人や愛する人たち、でもツアーへ出発したのがまるで昨日のことかのように、ここ本部でまたみんなに会えます。想像できるおとぎ話よりもずっと良い人生を送っているという気持ち、しかしそのセットはギリシャ悲劇。人生は山あり谷ありです。すごく良い日もあれば、すごく悪い日もある。ツアーについて考えて、そこでの出来事全てを考えたとき、私たちがどれだけ恵まれてるかを思わずにはいられません。アレックスの誕生日にケルンの道をみんなで歩いて時間を過ごしたシンプルだけど正直な瞬間から、3時間かけてハノーヴァーまでサプライズ ケーキを持ってきてくれたClaudia、また別の“ツアー”誕生日プレゼントとして、みんなからのメッセージ付きTシャツとTrail of Deadのコンラッドが描いた絵をアレックスにあげたビーレフェルトまで。そこでは一年ぶりにマーセルに会い、しかも40分の予定が75分演奏できました。そして、オランダ語で苦戦しながらも教会の彫刻や絵画について細かく説明してくれたおばあさんに、ブリュッセルのライヴではベルギー、日本、フランス、UK、カナダとアメリカから人が集まりました。そしてパリでのライヴ。これまで大いに盛り上がってきたツアーのグランドフィナーレです。エネルギーが最高潮に達し、バンドメンバーがTrail of Deadのステージに海賊帽を被って乱入しました!そして最後にアレックスのサプライズバースデー…今回のツアーがどれだけ素晴らしかったか、言葉では説明しきれません。そして今、パソコンの前に座り、私が書き綴ってきたことが全て映画の中の出来事なんじゃないかと感じます。まるで現実に起こり得ないことのように。でも、匂い、手触り、写真、その全てが映画にするには本物すぎます。そして、こんな映画なんて想像できるはずありませんし、誰も書けません。なぜなら、現実、それがどんなであろうと、その山あり谷ありの人生は、私たちが夢見るどの映画よりもずっと良いものだからです。だって、自分自身で物語をつくっていけるんですから。

今は午前3時を過ぎました。みんながベッドにいってから数時間。外を見ると、地面がうっすらと、純粋でまだ触れられていない白いブランケットで覆われています。私にとって今年の初雪…笑顔にならずにはいられません;この現実は、今後世にでる映画よりも、もっとずっと良いものです…!

– Stephanie

UK, 恋しくなるよ!

Written by Your Favorite Enemies. Posted in Shadows Of Dreams To Come Tour

予定よりもずっと長かかった移動の末、ようやくグラスゴーにたどり着きました。8人がようやく乗れるようなバスに16人。移動のあとバスの中はパーティーと化し、数人はその時のことをあまり覚えていないそうです(というか、他の人がそう言っていました…!)グラスゴーでのライヴハウスはアートスクールの中にあって、楽屋は2人がギリギリ入れるくらい。なので私たちは学生用のカフェへ行き、数時間そこを私たちの本部としました。数時間後にライヴをすると知りながら、そうやって大学内で席に座っていると、なんだか Coffee House Sessions を思い出しました。今年の2月にUKで行ったものです。今夜は変な感じになるという思いを、私は拭えずにいました。でも、多分あまりにも Coffee House Sessions をした時と似ていたからだと思います。なのに今夜はアコースティックではなく、ロックショーでしたから。それか、バスでの長距離移動に未だ感覚が麻痺していたのかも。色々なことが Coffee House Sessions と似ていましたが、同時に全てが違うようにも感じました。あれからほんの数ヶ月ですが、私たちはあの時とは全く違うと言えます。その全ての意味において。良くも悪くも。でも何となく、私たちそれぞれがみんな、あるべき自分の姿に近づいたと思います。自分が望む人物像からはまだまだ遠いですが、それでも一歩一歩、自信を持って、みんなで進んでいる気がします。数ヶ月前は、みんなで一緒にいることが難しい時期でした。一方今は、それがとても自然のことのように思います。そして、それこそ私たちがずっと望んできたことでした。なので、私の中の何かがおかしいという感覚は間違っていると分かっていました。

バンドメンバーがステージに立ってすぐ、私を囲んでいたもの全てが消え去り、私たちは全く正しい時期に、正しい場所で、正しいことをしていると確信しました:ありのままでいること。良い面も、悪い面も、私たちができるベストを。そしてライヴはすごく激しかったです!Rave Childのライヴレポートから引用すると、”6人はものすごいエネルギーに溢れ、アートスクールのステージに全員がかろうじて収まりきれるほどだった”…そして本当にそうでした。グラスゴーでの その夜、バンドメンバーはステージにいただけではなく、部屋中あちこちを動き回っていたのです。彼らはみんなで一つでした。そしてオーディエンスとも。素晴らしいかたちで…!

そして、コベントリーでのライヴです。私はこの日をとっても楽しみにしていました。PJ と Dawn, Ash & Sara, Steve と Paulに会えると知っていたからです。今年の3月にノッティンガムで会った彼らに再び会えるのが待ち遠しかったんです。この数ヶ月がすごく長く感じたほどでした!ライヴハウスは“Kasbah”と言って、街中からは少しはずれた場所にあり、アラビアンナイトの物語から出てきた感じでした。それを見て、今夜は特別になるだろうと思いました。友人たちが来てくれるのを知っていたし、新しい友人ができるだろうことも分かっていました。でも、その装飾と雰囲気もとても特別だったのです。なんとなく、きっとこの先ずっと覚えているようなライヴになるだろうと思いました。そして、本当にそうでした。空飛ぶ絨毯も、魔法のランプもありませんでしたが、そこには確かに魔法が存在しました!

そしてマンチェスター…バンドが初めてライヴをした土地ですが、ここに戻ってくるのは7年ぶりです。7年ですよ…!サウンドチェックの前に、私は少し街を歩く時間がありました。そして、誰かとアイコンタクトを取ることがどれだけ難しいかに驚いたのです。人々はそれぞれやることがあって、その周りにあるものは、それがどんなに素晴らしくても、全く存在していないかのように見えました。外を歩いたのはすごく短い時間でしたが、その時間、私は誰とも目が合わなかったのです。そしてそれは、ここで時間を過ごし始める前、彼らを良く知る前に、まさに私たちが持っていたUKへのイメージでした。オーディエンスと心を通わせるのはすごく難しく、感動させるのも難しいのです。まるで、彼らはもう全て見たことがあり、そう簡単には感銘を受けないかのように。でも何となく、毎回バンドがステージに上がり、ありのままを見せるチャンスを掴む度に、その壁はどこにも存在しないかのように思えます。突然、何の感銘も受けなかったロングヘアとヒゲが、何か違うものになり、何かもっと意味深いもの、ただ目に見える以上の何かへと変化したように感じました…そして、それはシンプルに自分自身に真実でいることについてなんです…

そしてロンドン、私が個人的に好きな場所であり、バンドにとっても色々なことを経験した場所です。ここに戻ってくるのにワクワクし、とても楽しみにしていました!というか、ワクワクせずにはいられませんよね?前回ここでライヴした2夜は完全にクレイジーで、今回も世界中至るところから人々がバンドを見に来てくれると知っていたので。長年の友人たちに、新しい友人たち…ライヴはこれまでにないくらい激しいものでした。まるで一音にも、サウンドにも自分たちの人生がかかっているような。それはラウドで、でもそれは私がスピーカーに近づきすぎていたからではなく、全く異なるかたちで“ラウド”だったんです。一瞬、写真を撮るのをやめなければいけないほどでした。もう何が起きているのか分からなかったんです。ステージにいるのは私が知っているYFEではないと感じました。そして、自分自身が遠く感じたんです。初めはそれが少し怖かったのですが、自分が知っていると思っていたものにしがみつこうとするだけ、アレックスが “From The City To The Ocean”のエンディングを歌い始めたときに、それを手放そうと決めました。私は何も知らないもかもしれません。でも、それが解放というものでした。新しい地平線を見つけるということでした。瞬間が自然と解き明かされるということでした。この夜、私は自分自身と仲違いし始めたんです。何故なら、解放し、未知のものを探検しようと決めたから。何故なら、ステージでの瞬間を写真に収めようと集中することで、いつの間にか忘れていたように、ありのまま音楽の影響を受けようと決めたからです。でも最高の瞬間は、私のカメラのレンズを通して経験したものです。そして、それを私はみんなとシェアしたいんです。その瞬間のまま、彼らが活き活きとするとき、それが永遠となるように。

そして、“ライヴの後”と言えるのであれば、その瞬間がこのイメージをまさに表していたと思います。ライヴハウスの隣にある部屋で、音もあまり聞こえない場所にいました。最後までそこに残っていたのは、アレックス。みんなと写真を撮り、みんなにサインを書きました。とてもシンプルな瞬間だけど、本物で、とても純粋無垢なシンプルさゆえに、そこにいた誰にとっても、永遠となった瞬間でした。

そして、ロンドン2日目、バンドのファンクラブSFCCでライヴの生中継を行った日です。そしてこのライヴは、完璧ではなかったかもしれないけれど、再び永遠となった瞬間でした。世界中から、不可能とも思えるような時間帯にみんなで集まって分かち合った瞬間は、ステージ上にいる6人以上のものでした… 😉

私たちは今ハノーバーへと向かっています。ツアーのライヴももう残り4夜となりました。また時間があっという間に過ぎていったように思います。UKでの5日間は光の速さで過ぎて行きましたが、心には一生消えない印を残してくれました。瞬間から永遠へ。ありがとう!

– Stephanie

盛り上がったドイツでの4日間

Written by Your Favorite Enemies. Posted in Shadows Of Dreams To Come Tour

4夜続いたドイツでの最後のライヴが終わりました…私たちはケルンにあるこのライヴハウスを後にし、次のライヴを行うグラスゴーへと向かいます。

ドイツでのライヴは素晴らしく記憶に残るものでした。最初のライヴはミュンヘン。初めて訪れる場所でしたが、噂は良いことばかり。それにはもちろん理由がありました。ライヴハウスは、白い小石たちが岸となった川のすぐ側に建っていました。青い空と太陽の光がその石たちに降り注ぎ、まるで雪で覆われているかのように見えました。魔法のようでロマンチックに見える穏やかな初雪のように。人々は河川敷で話をしたり、食事をしたり、遊んだり、良い時間を過ごしていました。ライヴハウスからほんの数歩。もう既に何か特別なことを経験していると感じました…私たちはランダムに街を歩き、特に決まった行き先も決めずに面白そうだと思った方向へと歩きました。そして本当に、ミュンヘンはインスピレーションに溢れる街です!人々はフレンドリーで、笑顔で、温かく、とても歓迎的でした!そうです。今夜は特別になるという予感がしていました!JoとChrisがライヴハウスに入ってくるのを見たときに、その予感はさらに強くなりました。ミス・イザベルがドレッシングルームに入ってくるなり、“今夜JoとChrisがいるなんて可能かしら?100%自信を持って、二人を見たと思うんだけど!”と私に言ったのをよく覚えています。私は確信が持てませんでしたが、彼らを知る限り、今夜来ていても不思議はないと彼女に言ったのです!ライヴ直前に下の階に戻ってきたとき、誰かが私の名前を叫ぶのを聞いて、立ち止まりました。そして、見たのはVroni。大きな笑顔で、腕を広げて、そこにいるのが嬉しくてたまらないといった様子で、彼女は私を強く抱きしめ、それがこの夜をまさに表すものだろうということを確信したのです!Vroniはステージの前にいて、踊って、踊って、踊りまくっていました。そんな彼女を見ていて、何となくこの言葉を思い出しました:“誰も見ていないかのように踊る”。けれど、人々は見ていました。それこそが、とてもインスピレーションに溢れるものだったんです…彼女の持つ自由と喜び。それはシンプルに美しかった…そして、数歩離れたところに、ライヴを楽しむChrisとJoがいました。ステージで起きている全てのことを逃さないように(そしてステージ外のことも!アレックスはいつものごとくクラウドの中へと入っていったので!)、目を大きく開けて見ていました。そしてドラムも最後にはクラウドの中にありました。

そうして、ベルリンへ移動…私たちにとって家のように感じるこの街に戻るのがみんなとても楽しみでした。人々はいつも私たちを兄弟、姉妹のように迎えてくれるのです。ジェフは午後、ビジネスミーティングのために出かけていきました。そして私は、アレックス、ムース、YBと一緒に心の赴くまま、街をぶらぶらしました。アレックスは小さなサーカスを見つけました。シーズンオフなので今は閉まっていましたが、背の高いビルの間にある公園の真ん中、コンクリートジャングルの中にファンタジーと夢の小さな隠れ家があったのです。そして、改めて何故私たちがベルリンを好きなのかを思い出しました。この街は、全てが可能な場所です。ロジックが介入せず、それが人を規制しない場所。誰もが自分の信じたことを自由に行える場所です!そしてライヴはこのイメージそのものでした。音楽が始まってすぐに、人々はステージに集まり始めました。2つのバンドの間に人々はバーへ行きドリンクを頼んだり、外へ行ってタバコを吸うんです。でも音楽が鳴り始めると、そこには言葉とサウンド以上のものがあることに気づきます。特別でユニークな交流が起きていることに気づくのです。人はヘッドバンギングしたり、拳を 高く挙げたり、一緒に歌っている人もいれば、歌詞をとらえようとしている人もいました。でもそれぞれが、それぞれの方法で、とても良い時間を過ごしていたのです。ライヴの最後、アレックスはクラウドサーフィンをしました。フロアに降ろされていたドラムからジャンプし、部屋の後ろにあるバーの方まで行き、ビールを受け取って、それをクラウドサーフィンしたまま少し飲み、オーディエンスの中にいる誰かにあげた後、またドラムへと戻り、ライヴを終えました。そう、それくらい激しいライヴでした!

私たちはいつものように、グッズ売り場で夜を終えました。親愛なる私たちのシスターAnke&Marinaと話をしました。二人とも3時間かけてバンドに会いに来てくれたんです。そして家に帰るバス /電車に乗るために、午前6時まで待たなければいけませんでした。でも二人とも、どんなに遠くてもライヴには来ていただろうと言いました。彼らにとって、この交流はユニークで大切なものなんです。彼らはこの瞬間を私たちやこの夜ここに来ていた人と分かち合いたかったのです。この気持ちは私もよく分かります。多分、私自身はステージにおらず、第三者の目で見ているからでしょうか。カメラのレンズを通して様々なポイントをとらえようとし、その瞬間起きている交流のエッセンスをとらえようとしています。良い写真を撮ろうとするのではなく、その瞬間自体を表すような写真を…

そしてステージに上がる数分前、Trail of DeadのボーカルがSFCCのTシャツをくれないかと尋ねてきました。彼はそれをステージで着たいと言ってくれたのです。シンプルにそれが好きで、その意味が好きだから。アレックスと彼はバス移動中、互いの音楽に対するヴィジョンや共通のパッションについてたくさん会話をするチャンスがあったんです。

そして、ハンブルグ。この街に訪れたのも初めてでしたが、友人たちや、もう何度も訪れていたTrail of Deadからも、やはり良いことしか聞いていませんでした。私たちの到着は遅れ、この日はとても慌ただしいものとなったので、あまり街を歩く時間がありませんでした。それでも私は少し歩きましたけど。クリスマスマーケットと思われる場所をぶらぶらしました。時間的には早すぎたので、人々は夜に開けるお店の準備をしているだけでした。観覧車やジェットコースターやお化け屋敷もある遊園地の真ん中には、写真ブースや、赤とグリーンで装飾され、キャンドルが照らされていた小さなレストランもありました。今はクリスマスなんて遠いことのように思えますが、その雰囲気は十分感じられました。色々なお店のせいではありません。人々が持っていた雰囲気のためです。そこはとてもアットホームで、ここに来た人たちはきっと何かを見つけて帰るだろうと思ったんです。

この日は1日中、おかしな雰囲気でした。問題や誤解などが色々あったんです…大きなものではありませんが、それでも…ない方が良いに決まってます。なので、私たちはみんな“中間にいる”感覚でした。何かを待っている感覚です。ステージに上がるまでは。皆さんの愛、パッションとエネルギーがバンドメンバーに翼を与えてくれました。この日アレックスは体調を崩していましたが、素晴らしい方法で皆さんが彼を元気付けてくれました!彼だけではなく、バンドメンバー全員も!そして、皆さんの多くに出会えたのは、私たちにとって本当のクリスマスの日みたいでした。Claudia, Stefan, Berit, Janine, Nadine, Tina, Vivienneと、そのほかにもこの夜に出会った皆さん、どうもありがとう!

そして、4夜連続ドイツでのライヴ、最後はケルンにて。バンドは7年前、初めてのヨーロッパツアーの時にこの街でライヴをしています。そして去年、Kölner Domを見に立ち寄ったにも関わらず、ライヴをするのは実に7年ぶりです。到着したのは夜遅くでした。なので、どこにも立ち寄る時間がありませんでした。有名な大聖堂の頂上まで登ろうと計画していたんですけどね!到着してから、ロードイン、サウンドチェック、夕食、そして会場時間でした!もう既に!ドイツの人々はとても歓迎的で、7年経った今でもケルンでの思い出は、私たちの心と魂に新鮮なまま残っています。なので、バンドメンバーが多くのクラウドがいる中、ステージに立ったときは興奮が感じられました。信じてください、数枚写真を撮るのに(本当に数枚です)ステージから部屋の後ろに行って、戻ってくるまで、まるまる1曲かかったんです!バンドの音楽をよく知っている人は、特にライヴのとき、曲が短くはならないことを知ってますよね… 😉 人々が踊り、ヘッドバンギングして、エアギターやエアドラムを演奏していました…只々、最高でした!UKからはるばる来てくれたTobi(しかも彼の誕生日に!)やオランダからのNinaが、この特別な夜に来てくれて、嬉しかったです!色々な面で素晴らしい夜!

4夜連続ドイツでのライヴが終了した今…私たちはケルンのライヴハウスを発ち、グラスゴーまで移動します。この4日間に完全に元気をもらって、グラスゴーでも皆さん一人一人と交流するのを楽しみにしています!13時間以上もの移動ですが(+フェリーでの移動)、それも楽しみにしています。16人でのバス移動は、きっと面白いことになると思いますよ…できたら写真をシェアしますね… 😉

– Stephanie

初めてのスイス…忘れられない思い出!

Written by Your Favorite Enemies. Posted in Shadows Of Dreams To Come Tour

ライヴ前、“あと4時間もある” が、“クソッ、あと4時間しかない” に変わるのってクレイジーです。特に2時間遅れで会場に着いたときは。何で2時間も遅れたのかって?どうやら、ドイツからスイスへの国境をまたがなきゃいけなかったようですね。パスポートも何も見せる必要はありませんでしたが、ツアーバスを空にして、申請したものや、し忘れたものの、チェックを受けなければなりませんでした。でも、それはスムーズにいったんです。何が一番時間を要したかというと、バスの機械の一部が壊れたからでした。ベルンまであと20分のところで、みんなが寝ていた午前5時頃、バスの空気圧処理機が壊れたのです。運転手はバスを端に止め、緊急に修理するよう業者を呼びました…!結局ライヴハウスには到着したものの、スケジュールから大幅に遅れていました …ということは、オリジナルのスケジュールへと合わせるために、サウンドチェックはさっさと短く終わらせなければなりません。たいてい、こういうタイプのシチュエーションはストレスが一気に高まります。でも今回は、全くでした。全くストレスなし。起きるだろうことが起きるだけ。とてもシンプル。だって、ストレスが役に立ちますか?いいえ。なので、みんなただリラックスして、すべきことに集中し、全てスムーズにいきました。これには、私はとても驚かされました。でも、これこそ、みんなで一緒に成長した姿の反映なんだと思います…平和は心の中から生まれるものであって、状況からではないことを学んだんです。望まない状況はいつだってあります。起こらないでほしかったと願うこともあります。でも何となく、そのような要素も私たちの無重力飛行に、引力を加えはしないようです。

そしてスイスでの初めてのライヴは、最高でした!何を期待して良いか、どんな風になるのか全く想像できませんでしたが、バンドがステージで解放するのと同じレベルで、人々は応えてくれると分かっていました。そして、本当に魔法のようでしたよ。今夜来てくれたSéverineとPascalに聞いてみてください。きっと彼らが教えてくれると思います… 🙂

私たちは夜の間にウィンタートゥールへと移動しました。誰も聞いたことのない街です。私たちのうち誰も移動中の景色を見ていませんでした。通り過ぎた村や街は遠い夢の中のゴーストだったのです。というのも私たちみんな、朝ライヴハウスに到着するまでバスの中で寝ていましたから。夢の中のゴーストかもしれません。それでも、到着したときにみた雨の降る街は、とても生き生きしていました。Trail of Dead&Midnight Massesと一緒にツアーに出てから、雨が降り続いているように感じます。スイスのどの街の美しさも見れていません。でも、未だ未知のままの国でライヴをするたび、その人々の心を通して、ここがどのような場所なのか発見できるだけ、私たちは恵まれていました。そして一度ライヴが終わったとき、初雪が降ったことを知りました。そう、11月の初めです。私は冬が嫌いですが、この初雪は私たちにとって恵みであり、たとえ気がつかなくても奇跡は起こりうるんだということを思い出させてくれました。たとえ、直にその奇跡を見ていなくても、それは真実であり、同様にパワフルで素晴らしいものなのだと。というのも、目に見えないから存在しないというわけではありません。目に見えないものから学ぶべきこと、発見すべきことが多くあります。そして目で見える以上を信じることこそ、不可能を信じるためのちょっとした秘密なのです。何故なら結局、私たちを見てください。私たちはみんなまだ一緒にいます。会うべきでなかった、そして一緒にいるべきではない何人もの人間が、それでも本当の家族として。

そしてルツェルンでのライヴです。ツアー最初の休日前、最後のライヴ(まぁ、それはまた別の話ですよね?)。私たちは早朝に到着し、少し外を歩くことにしました。ルツェルンはとても美しい街で、見るべきものが色々あると聞いたので、各自であまり雨が降っていないのをいいことに、散歩へと出かけることにしたのです。私は道の途中で、ジェフ、セフとミス・イザベルに会いました。どこへ行くべきか、どこを見るべきか分からず、私たちはみんな丘に建つ街の目の前にある湖を見つけていました。セフ曰く、“アヒルも触れられるくらい良い”場所です。まぁ、毎回触ろうと近づくたびに、アヒルが逃げ続けたので、セフはアヒルに触れていないんですけどね。でも何というか、アヒルを責めることはできません。私だって、セフが近づいてきたらそうしますもん…

私たちはUKからの親愛なる友人スーによって素晴らしく迎えられました。バンドのライヴを観に、そしてこの美しい街で数日を過ごすために来てくれた人です。彼女が最後にバンドのライヴを見てから、どれだけ雰囲気が変わったかを教えてくれました。彼女はバンドのライヴを数多く見ているのです。北米、ヨーロッパ、アジアと…多分、一番多くライヴを見た人の記録があるとしたら、きっと彼女がチャンピオンだと思います 😉 でも彼女は正しいです。雰囲気は変わりました。それはもう否定できないものです。少し例を出すと、サウンドチェックの間、楽器ごとにチェックするのではなく、バンドメンバーは一人のメンバーの音にどんどんレイヤーを加えていき、新しい曲ができあがりました。いつも家でリハーサルするときに行っているように。“次のアルバムの一曲かもね?”とアレックスが言いました。未来のことは誰にも分かりませんし、今は誰も気にしませんでした。少なくとも私は、ただステージの上で自由に楽しむ彼らを見て、シンプルに嬉しかったんです。今ちゃんと言葉として書こうと思い出しても、やっぱり最高だったと思います。“Between Illness And Migration”の創作プロセスには一人一人が全力を傾けました。そして今でも。“僕らの全てをかけて生まれるものだというのは分かっていたけど、自分がどれだけ持っているのかは分からなかった”…そして何となく、次のアルバムにも全力を費やすことが分かっていても、これまで以上にどの瞬間も大切にされると思います。本物の瞬間がどれだけ貴重か、どれだけごまかせないか、そして一瞬でもどれだけ人生を変える瞬間になり得るか知っているので…そしてサウンドチェックの数時間後、バンドは破壊的に激しい平和とともに、ステージに立ちました。そこにある全ての壁を取り壊すように。それが何でつくられていても…

そして休日のあと、私たちはスイスへと戻り、この国でも最後のライヴを行いました…このライヴ後にはもうスイスに戻ってこないということが信じられませんでした。なので、盛大なパーティーにすることにしたのです。今までしたことないくらいのパーティー。ライヴハウスは周りに何もない場所に建っていました。古い電車の駅と、かつて栄えたのであろう、今はすっかりさびれてしまった工場があるだけ。人々が協力してこの場所を買い取り、できる限りライヴハウスへと改造したのです。それが今夜のライヴハウスBiomillでした。1ヶ月に1度、人々がボランティアで集まり、音楽イベントを開催するのです。1ヶ月に1度ですよ。そして、このフレンドリーで温かい歓迎をしてくれるこの場所の今月のラッキーなゲストがYour Favorite Enemies、Trail of DeadとMidnight Massesでした。プロモーター/オーナーは、今夜はソールドアウトで、この場所には300人入ると教えてくれました。とても狭かったので、信じ難かったですが!フロアも狭ければ、ステージもそうでした。セフはロードケースを使ってステージを広げなきゃいけなかったんです(彼のスペースシップが大きすぎるというわけではありません…決して!)

でもスイスの人たちは互いに近づくのが好きなんでしょう。というのも、この夜はとっても熱かったですから!彼らは本当に燃えていました!転換はとても長く、2つのバンドの間に外に出てタバコを吸っていた人たちもいました。でも音楽が聞こえ始めるとすぐに、彼らはステージの前へと集まり、ヘッドバンギングしたり踊ったりしました。ステージにいるバンドメンバーと同じく、人々もまたこの夜に全てをかけているようでした。解放と自由のレベルは魔法のようでした。YFEのライヴに来たことがある人は、きっとこの意味がわかると思います。まるで別世界にいるようでした。その瞬間は、自分がどこにいるのかも、時間すらも何のパワーを持っていません。自分が誰なのかも、どこ出身なのかも、どんなスタイルなのかも関係ありません。一つになったんです。その場にいる人々みんなと。その場にいた人々がみんなで、サウンドとノイズへと解放していました…自らが許す限り、遠くまで。そしてBiomillでは、限界はありませんでした…

スイス、初めての出会いでした。そして、何て最高の第一印象だったんでしょうか!心の底から、どうもありがとう!また会えるのが待ちきれません!

– Stephanie