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Your Favorite Enemies: 激ロック

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

この9月から10月にかけて、3度目となる来日ツアーを実現させたカナダのオルタナ・ロック・バンド、YOUR FAVORITE ENEMIES(以下YFE)にインタビュー。2006年の結成以来、貫き通しているDIY精神に基づいた活動や日本デビュー作となった『Between Illness And Migration』に込められた想いを聞いた。

Alex(以下A):日曜日にもかかわらず、わざわざ来てもらってありがとう。yfe_gekirock_02

-いえいえ、こちらこそ忙しい中、時間を作っていただいてありがとうございます。スチールやビデオの撮影を担当しているスタッフを含め、カナダからは総勢何人でいらっしゃったんですか?

A:12人だよ。

-12人! すごい。なかなかそんなに大人数で来日するバンドもいないですよ。

A:ね。サーカスみたいだろ(笑)。

-12人もいると、みんなをまとめるのは大変ではないですか?

yfe_gekirock_03 Ben(以下B):そうだね!



A:あぁ、問題児が何人かいるからなぁ(笑)。日本の人たちを見習って、礼儀を身につけたほうがいいよね。



B:あははは。

-時たま何人か行方不明になったりするんですか(笑)?

A:いやいや、そんなことはないよ。メンバーそれぞれにきちっと果たさないといけない役割があるし、ライヴをやったり、ファンのみんなとあったり忙しいから悪さをする時間なんてないんだ。みんなで和気藹々と楽しくやっているよ。メンバーはもちろん、フォトグラファーのStephanieとか、日本のスタッフのKosho、Momokaとかもみんな仲がいい。それに僕らはファンのみんなともとても近しい関係にある。ファンのみんなが僕らに会えるのを楽しみにしているように僕らも日本についてからずっとエキサイトしっぱなしなんだ。僕らは僕らのバンドを、ファンも含め1つのコミュニティだと考えている。そういう意味では、サーカスと言うよりは、大家族の大移動と言ったほうがいいかもしれないな。まぁ、そうは言っても、時々、クレイジーなことにもなるけどね(笑)。

-今、コミュニティという話が出ましたけど、日本のファンが今回の来日ツアーをサポートしていると聞きました。日本のファンとはいつどんなふうに出会い、そういう関係を築いていったんですか?

A:2006年だったと思う。ネットでバンドの音楽をシェアしはじめたとき、日本のファンとはオンラインで出会ったんだ。元々、僕らはファンとは近しい関係を持つタイプのバンドだったから、日本とのファンともあっという間に友達のような関係になった。自然の成り行きだったよ。エンターテイナーとファンと言うよりももっと深い、社会的な問題とか個人的な悩みとかもシェアしあえる関係になっていったんだ。いろいろなメッセージを交換しあう中で、日本の若い人たちは本当に素晴らしいということを感じる一方で、絶望や悩みを抱えている世代であるということも知って、彼らのために何かしたいとも思うようになった。今回の来日も含め、ライヴのプロジェクトはすべて、そういう想いの延長にあるんだ。彼らを通して、日本のことを知ることができたから、日本に来るずっと前から日本のことは大好きだったんだ。

-海外のバンドの多くがいろいろな国のファンと堅い絆で結ばれた関係を築きたいと思いながら、なかなか実現できないでいるんだけど、みなさんはそういう関係を作り上げることができた。それはやはりファンとのコミュニケーションに対して、他のバンドよりも熱心に取り組んできたからなんでしょうか?

A:そもそもファンベースを作りたいなんていう願望がなかったからじゃないかな。僕らは常に友達、そして家族になろうとしてきた。自分たちのキャリアの成功のためにファンベースを広げていきたいという下心は全然ないんだ。みんなと同じ立場で話をしてきただけなんだよ。

-同じ立場で、ですか?

A:ああ、たとえば僕らだって、いつまでバンドを続けていけるんだろうかと将来のことを考えて、不安になってしまうこともある。つまり、生きていくことが不安で、怖くてしかたがないという意味では、みんなと同じなんだよ。5年後にはメジャー・レーベルと契約して、大スターになるぞなんて大それた計画を持って、バンドを始めたわけじゃない。僕らはみんなと変わらない若者としてここにいる。ファンと僕らを結びつける架け橋になったのが音楽であることはまちがいないけど、僕らが考えていた計画らしい計画と言ったら、みんなとのコネクションをクリエイトすることとコミュニティとして1つになって、みんなで成長していくことぐらいだな。戦略とか分析とかとは無縁のアプローチで、ここまでやってきたんだ。人生をみんなでシェアしながらサポートしあいたいという気持ちとともにね。スタッフもファンも僕のことをAlexと呼ぶ。僕もみんなのことをファースト・ネームで呼ぶ。それは普通の人たちと何ら変わらない。そういう人間関係が成功の秘訣なんじゃないかな。

-なるほど。DIYでの活動に限界を感じることはない?という質問も考えていたんですけど、それはないというわけですね。

A:友情はかけがえのないギフトだと思うし、それを誰かから受け取った時はうれしいと思うと同時に本当に光栄なことだと思って、大事にしていこうと考えている。日本のファンが僕のことを友達とか兄貴とか弟とかと言ってくれるのがホントうれしいんだ。音楽が架け橋だったと言ったけど、そういう関係性がある時、音楽とかネットとか、ファンと僕らを繋いでいるツールを越えた瞬間があったんだ。それ以降は本当の関係を作れてると感じているし、同時に自分たちはミュージシャンとしても成長しているとも感じている。もちろん、僕らはさまざまな失敗や過ちもしてきた。でも、愛は慈悲深く、そして辛抱強くあってくれるもので、がんばっていれば、愛は過ちをカヴァーしてまた先に進む力を与えてくれる。僕らがやっていることは、そんな美しいラヴ・パンクの物語なんじゃないかな。ラヴ・パンクなんて今作った言葉だから、そんなものがあるかどうかわからないけどね(笑)。

-ところで、今回の来日ツアーはいかがでしたか?

A:素晴らしかったよ。グレートの一言に尽きるね。大事に思っている親愛なる人たちとついに出会える場面がいくつもあったんだからね。光栄だったし、うれしかった。ホームタウンでやるライヴが最も難しいって多くのミュージシャンが言うけど、僕らにとって、日本でやるライヴはどこに行ってもホームタウン・ライヴみたいなものなんだ。毎晩、違う感動の嵐が吹き荒れたよ。たとえ同じ曲でもインプロをたっぷり盛りこんだし、その場その場の雰囲気に合わせて、楽曲を作り上げていったしね。あっという間に過ぎてしまって、僕たちの1つのチャプターが終わってしまったなんてちょっと信じられないと言うか、なんだか寂しいよね。今回は、自分たちでヴァンを運転しながらツアーしたんだ。だから、いろいろなところに立ち寄って、ライヴに来られない人たちとも会うことができた。いろいろな出会いがあったよ。毎日がパーティーみたいで楽しかったな。

-京都かな大阪かな、どちらかわからないんですけど、お寺に泊まったんですか?

A:そう! Koshoの実家がお寺なんだ。KoshoもMomokaも元々はファンだったんだ。2008年とか2010年とかの来日で出会ったんだけど、Koshoは今、ビデオの撮影を担当してくれてるし、Momokaはコーディネートとか翻訳とかをやってくれている。僕たちがコミュニティとして、どんなふうに成長してきたかを知ってもらういい例だと思うんだけど、そういうわけで、Koshoの実家であるお寺に泊めてもらったうえにライヴもやらせてもらったんだ! アコースティック・セットだけではなく、エレキ編成のライヴを歴史あるお寺でやらせてもらうというすごく貴重な体験をさせてもらったよ。ライヴをやるとき、靴を脱いだのは初めて経験だった。なんてパンクなんだと思ったよ(笑)。

-みなさんにとってもファンにとっても貴重な体験になりましたね。

A:ああ、珍しい体験をさせてもらって、とても光栄だったよ。実は住職であるKoshoのお父さんが1番ロックしてたんだ。その姿を見るのが何よりもうれしかった。文化的に新しい1ページを開いたんじゃないかな(笑)。

-お寺ならではの体験もできたんですか?

A:お寺にいるって事実や、そういう環境に身を置いているという経験そのものが自分たちの人生を反映していると言うか、自分たちの人生を改めて考えさせられたと言うか、そこで過ごす時間、そこで行うことすべてがいろいろな角度からスピリチュアルな刺激となって、自分たちに降りかかってきたんだ。単にバンドとファンという関係に止まらない、自分たちがこれまで育んできた親しい関係がこんなふうに実を結んだんだと思うと感激も一入だったよ。だって、クレイジーなことばかりやってきた僕らがこんなところまで来られたんだ。朝、目を覚ますとお寺にいる。それだけで楽しいと思えたね。経験っていうのは周囲の環境によって形作られることがあると思うんだけど、どんな形にせよ、自分たちがいつも思うのは、生きていることは命のセレブレーションだってこと。命って素晴らしいよねってことを、毎日、僕たちに教えてくれるのがそういう経験の積み重ねなんだけど、日本に来るといつもそのことを実感させられるんだ。

-ところで、メンバー全員が顔を揃えているので、メンバーひとりひとりのことも教えてもらいたいんです。

A:いいね!

-ただ、時間の都合上、ひとりひとりにつっこんだ話は聞けないので、それぞれに初めて行ったコンサートが誰のコンサートだったかを教えてください。では、Benからどうぞ。

B:デス・メタルのCRYPTOPSY。

A:とてもメロウなバンドだよな(笑)。

B:そう、とてもスウィートなね(笑)。

-それはつまりBenの音楽的なバックボーンがデス・メタルってこと?

B:まぁ、そういうことになるかな。

-それは何歳の時だったんですか?

B:17歳。本当は年齢的に入れなかったんだけど、ズルして潜りこんだんだ(笑)。

-ほぉ(笑)。Sefは? yfe_gekirock_04

Sef(以下S):METALLICAの『Black Album』の時のコンサートだったよ。

-それは何歳の時でしたか?

S:16歳の時だったね。ちょうどギターを弾きはじめた頃だったな。

A:SefとBenは兄弟なんだよ。

-あ、そうなんですか。ということはSefがお兄さん?

S:そう。

-じゃあ、BenはSefにいろいろなコンサートに連れていってもらったんですか?

B:いんや。

S:今は仲がいいけど、昔は全然つきあいがなかったんだ。

B:兄貴はデス・メタルが好きじゃなかったからね。

S:だね。当時はBenが聴いている音楽はノイズだと思ってたから(笑)。俺はIRON MAIDENとかTESTAMENTとかが好きだったんだ。

yfe_gekirock_05-では、Isabelさん。

Miss Isabel(以下M):16歳か17歳の頃だったと思うんだけど、モントリオールで見たCOUNTING CROWSのコンサートが最初だった。なぜ覚えているかと言うと、この中の何人かと、すでにYFEの前身バンドをやっていて、COUNTING CROWSのコンサートを見たその足でカナダの西海岸にあるエドモントンでライヴをやるため、44時間ドライヴしていったのよ。

-44時間ですか?!

M:2人の運転手が交代しながらノンストップでドライヴしていって44時間。そのバンドは7人編成だったんだけど、1台のヴァンに機材をすべて積んでギュウギュウ詰めになってカナダの端から端まで行ったのよ。もっとも、そういうクレイジーな体験は今でも変わらないけど(笑)。 

-女性ひとりで大変だったんじゃないですか?

M:その頃はキーボード担当の女の子がもうひとりいたのよ。でも、今は省エネで歌からキーボードまで全部ひとりでやらされてるわ(笑)。

A:そういうクレイジーな世界で生き残れたのが彼女ひとりだったってわけさ(笑)。

-Moose さんは? yfe_gekirock_06

Charles(以下C):PINK FLOYD。16歳だったよ。

-いつ頃のPINK FLOYDですか?

C:『The Division Bell』の頃だから……。

A:1994年だよね。

C:6万人を集めた3夜連続のスタジアム・コンサートの3日目に行ったんだ。

-へぇ。PINK FLOYDが好きなんですか?

C:そうだね。PINK FLOYDとかGENESISとかプログレッシヴ・ロックが好きだね。もちろん、カナダが誇るRUSHもね。

A:彼はとても洗練されてるからね(笑)。唯一、ちゃんとした音楽教育を受けたメンバーなんだ。大学の学位も持ってるんだぜ。申し訳ないよ。でも、(SEX PISTOLSの)John Lydonだって音楽を勉強するために学校に行ったわけじゃないからね。

yfe_gekirock_07Jeff(以下J):Mooseの後だと言いづらいな。なんたって16才の時に行ったPENNYWISEが俺の初めてのコンサートだからね。

-PENNYWISEと言えば、ヴォーカリストのJim Lindbergが一度抜けたあと、また戻ってきたごたごたについてはどう思いますか?

A:あれには泣けたよな。

J:(日本語で)泣キタクナーイ。最初、彼らのファンになった理由は反社会的なところや政治的な主張だったんだけど、Jimがそれに反動するような形でバンドを出ていったにもかかわらず、また戻ってきたんだからね。同じバンドとは思えなかったよ。その頃から彼らのことはちょっとね……。

-Alexは?

A:地元のバンドをたくさん見ていたけど、プロフェッショナルなバンドという意味では、ニューヨークからやってきたRAMONESだね。15歳か16歳の時だった。人生を変えられたね。舞台と客席の間に境界線はないと初めて思えたコンサートだった。パワフルで、 ラウドで、ファストで素晴らしかったよ。あれが本当の意味でヘヴィって言うんだ。客が興奮して、会場の座席を取り外して、大暴れしはじめたんだよ。中には座席に座ったままボディ・サーフィンで運ばれる人もいてね。とにかくクレイジーだった。今、自分がライヴでクレイジーなことをやってしまうのは、あのRAMONESのコンサートが原体験としてあるからかもしれない。音楽によって、自由に解き放たれるという体験を、それまでにないレベルでできた夜だった。大騒ぎしながら赤の他人と抱きあい、目の前にある一瞬が永遠に変わっていくさまを目の当たりにしたんだ。そのコンサートに行ったという人たちはいまだに、あの夜はすごかったという話をあちこちでしているよ。RAMONESが1番、脂が乗っていた時期だったんじゃないかな。それを生々しく感じることができたコンサートだった。RAMONESについて語るといつも時間がなくなってしまうんだ。それほど僕にとって、彼らはすごい存在なんだよ。
-初めてコンサートに行ったバンドから1番、影響を受けているとは限りませんけど、バックグラウンドにある音楽はみなさんバラバラのようですね?

A:そうだね。

-YFEとして曲を作るうえで、全員の意見やアイディアをまとめるのが大変ってことはありませんか?

A:時にはね。ただ、音楽って魂や自分の人生にとって、すごく大切なものだから、曲を作るとき、どうしようかなんて作戦を立てる必要はないんだよ。僕らの中から溢れ出てくるものが自然であれば自然であるほど、純粋なものになると信じてるから、曲を作るときは変に考えたりしないんだ。

S:同時に全然違う好みのメンバーが集まっているからこそできる新しい発見もあるしね。俺はどちらかと言うと、自分の世界に閉じこもって音楽を聴いてきたタイプの人間だから、他のメンバーによって新しいバンドに目を向けることも多い。そこからの影響を取り入れて、自分の持ち味と合わせることができたらバンドにとってもいいよね。未知の音楽から影響されたからって自分らしさを失うとは思わないよ。むしろ、たとえ失ったとしても新しいことに挑戦したとき、ミュージシャンとして成長できるんじゃないかな。

-たとえば、どんなバンドを他のメンバーから教えてもらったんですか?

S:SONIC YOUTHをAlexから聴かせてもらった時の衝撃は忘れられないね。彼らの音楽にはヘヴィ・メタルの世界にはないテンションやカオスがあった。まるで重力すらない世界にひきずりこまれたような感覚を味わったよ。あの時は目の前に新たな世界が一気に広がったね。それとWILCOのギタリスト、Nels Clineだな。テクニックとパッション、そしてカオスをバランスよく、しかもメロディを失わずに取り入れているギター・プレイには刺激された。大好きなギタリストだよ。

-では、そろそろ時間なので、最後に今後の活動予定を教えてください。

yfe_gekirock_08A:日本では今年3月にリリースされた『Between Illness And Migration』がこれからイギリス、フランス、カナダで順次、リリースされるんだ。国によって、ヴァージョンが若干違うんだけど、リリース後は各国を回って、それぞれのヴァージョンをファンとシェアしたいね。大好きな仲間たちと大好きな音楽をやれるだけでホント幸せなんだけど、僕らをサポートしてくれるみんなにありがとうという気持ちも込めて、アルバムを紹介して回れるのはうれしいよ。来年はすごく忙しい年になると思う。感謝の気持ちでいっぱいだよ。最後に1つ付け加えたいんだけど、『Between Illness And Migration』の日本ヴァージョンには特別な想いが込められているんだ。というのは、このアルバムは、日本のある女性との約束を果たすために作ったアルバムなんだ。彼女はうつ病に苦しんだすえ、自ら命を絶ってしまった僕らの友人のお母さんなんだけど、Jeffと僕を東京にある40階建てのビルの屋上に連れていって、僕らの目を見ながらこう言ったんだ。“ここから見える東京の景色を見て。ここには私の息子みたいな子供がたくさんいる。あなたたちが彼らのために何かしたいと思っている気持ちはとてもうれしい。ぜひそうしてちょうだい”。『Between Illness And Migration』はその約束から生まれたアルバムなんだ。結果としてできたものはアートであり、音楽ではあるんだけど、そこに込められた想いはとても生々しい、僕の魂に突き刺さったものなんだ。彼女が僕の目を見ながら言った言葉は、何回、RAMONESのコンサートに行っても得られない、それとは全然違う衝撃を僕に与えた。そのことを最後にどうしても伝えておきたかったんだ。

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YOUR FAVORITE ENEMIES – MIXTAPE

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

カナダ出身のYour Favorite Enemiesはかなりエモだ。彼らはかつてビデオゲーム、ファイナルファンタジーのテーマ曲をプレイしたことがある。そして今度は僕らに、Pearl Jam, Nick Cave, SavagesやThe Cureがフィーチャーされたミックス・テープを作ってくれた。彼らが入念に選んだ曲とその理由がこちら…

1. Ramones – Beat on the Brat
小学校の放課後に、いじめっ子が自分のことを待っている感覚がどんなものか良く分かっている子供として、この曲を初めて聴いたときのことは一生忘れないよ!お父さん、お母さんたち、子供を誇りに思うだろうよ!

2. Foo Fighters – All My Life
この曲を聴いたのは、僕がバンドと関わり始めた頃だった。僕はバンドのリードシンガーであるアレックスと一緒にいて、車で高速道路を走ってたんだ。僕らは最終的に、とても大事な予約をキャンセルした。レコードストアに行ってCDを買うためにね。この曲を何度でも聴けるようにさ!

3. Wilco – I Am Trying To Break Your Heart
この曲を初めて聴いたのは夏の時期だった…すぐに大好きになって、バンド仲間とスタジオに入りたいって思わせてくれたんだ。100曲を続けてレコーディングするためにね…すごくインスパイアされたよ!

4. Pearl Jam – Do The Evolution
そう、ちょっと狂った慈善活動っていうのはいつの時も最高の薬なんだ!僕は特にこの曲のビデオが好きだよ。今こそ音楽が社会改革へと戻るときだ!毎日どこに行っても耳にする聴き心地の良い音楽にはうんざりなんだよ!それが進化さ、ベイビー!!

5. Dead Kennedys – Holiday in Cambodia
Well you’ll work harder
With a gun in your back
For a bowl of rice a day
Slave for soldiers
Till you starve
Then your head is skewered on a stake

6. The Clash – Straight to Hell
ある日、僕の親友からThe Clashのこの曲のTシャツを受け取ったんだ。僕がドラッグ中毒から抜け出したから、希望や信念、愛を僕の周りに広めるシンボルとしてこのTシャツをくれたんだよ。まだ持ってるよ。そして今日に至るまで、この曲は僕の人生を変えてくれた!

7. Nick Cave – Stagger Lee
Nick Caveはバンド全員にとって、いつの時もインスピレーションに溢れた本物のアーティストなんだ。でも彼がこの曲を出したとき、僕らのファンっぷりはまた一段レベルアップしたんだよ!彼に会うまで待ってな…絶対大興奮するよ!!

8. The Cure – Pictures of You
僕はラブソングをあまり好んだことはないんだけど、このバンドThe Cureは、愛と希望をとてもダークに、でも光に満ちた方法で分かち合い、歌う術を知ってる。僕は毎回、催眠にかけられたようになって、この曲にまた恋に落ちたいと思うんだ…!

9. Savages – Shut Up
今の時代にインスピレーションを受けるような本物のバンドを見つけるのは難しい…でも初めてこの曲を聴いたとき、僕は本当に大好きになったんだよ!歌詞的にも、音楽的にも、アーティスティックにインスパイアされるものだった!今日のロックミュージックに再び希望を与えてくれたこのバンドに感謝するよ!

10. Ben Harper – Both Sides of the Gun
Ben Harperは僕のお気に入りのアーティストなんだ。彼の曲だけで10曲のプレイリストを作ることができるよ!自分のアパートで初めてこの曲を聴いたときのことを良く覚えてるよ。夕食を食べに友人たちが来てたんだけど、可哀想に、僕の頭の中は、魂を叫んでいるBenのことでいっぱいだったんだ!ごめんよ、みんな!次来るときは、ラジオをかけよう。そしたらみんなとの会話を楽しめる!!

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Rocking It Out With Your Favorite Enemies

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

Rocking It Out With YFE:レビュー、そしてアレックス・フォスター&ジェフ・ボーリューとのインタビュー
10/28, 2013 1:26 PM


10月21日午後8時15分より、Your Favorite Enemiesはロンドンのキングス・クロスにあるThe Water Ratsにてライブを行った。始まりからオリジナリティに富んでいた。ギタリストのセフがバイオリンの弓を使ってギターを弾き始めたのだ。そしてアレックスはというと、機材やドラムの上に立ちながら歌っていた。彼こそ自分の音楽への熱い気持ちや情熱を最後まで途切れることなく表現し続けた男だ。

しっかりと息の合ったバンドは、彼らのロックンロールサウンドでファンタスティックに演奏した。2006年にメンバー同士が出会ったとき、全員が違うバンドに所属していたなんて思えないくらいだ。たとえメンバーそれぞれが異なる音楽的影響を受けていようとも、彼らを繋いだのは音楽だった。ジェフはNirvana、アレックスはMinor Threat…でも全員がSonic Youthへの興味と志しを分かち合った。アレックスは、Sonic Youthが“一番クールな雰囲気”を持っており、それによってバンドとして全員が一緒になったのだと言っている。

アレックスの音楽性のあるシャウトとヴォーカル、そしてギタリストのサウンドといい、バンドのパフォーマンスが疑いなくロックスタイルであるにも関わらず、そこにはキーボードを弾くミス・イザベルのエレクトロニックサウンドの要素もあった。ライブはキャッチーなヴォーカルと高速のギターリフ(メロディックサウンドもある)そして傑作的ギターソロもある期待を裏切らないものだった。アレックスはバンドにフィットする音楽のジャンルを決めるのが難しいと言う。彼はバンドを、パンク、ロック、ノイズロックと魂が注がれたものだと説明した。それはThe Water Ratsでのパフォーマンスで明らかにされた。無茶苦茶なイメージ、パンクジャンルの暗示、そしてロックとノイズロックへの高速のドラムとギターリフ。

オーディエンスがジャンプし、ヘッドバンギングしてバンドの音楽を楽しみサポートするという最高のリアクションを受け取った「Open Your Eyes」のパフォーマンスにも関わらず、彼らが演奏を好むのは、この曲ではなかった。アレックスとジェフの二人とも、演奏するのが好きな曲は「From The City To The Ocean」だと言う。この曲は普通に演奏しても12分の曲だが、特別なライブでは25分にもなる。「From The City To The Ocean」はとても長い曲であるがために、バンドを完全にワイルドにし、瞬間を捉えると同時に音楽も感じることができる。The Water Ratsでのパフォーマンスでこの曲を最後にもってきたのは、驚くことではないだろう。彼らは思い切りオーディエンスと触れ合い、その後もずっと余韻を残しておくことができたのだ。

Your Favorite Enemiesは見事なことに、日本のお寺で演奏した初めてのロックバンドである。そこは彼らのお気に入りのライブハウスとなり、彼らにとって独特でクレイジーな経験となった。「そのお寺の住職でさえジャンプしてたんだ」–アレックス・フォスター

彼らの持つ音楽への情熱はKerrang!誌に注目され、写真撮影まで行った。この写真撮影中、バンドメンバーの一人がトップレスになり、シャツを破ってヘッドバンドを作り、それで彼の胸をクロスに縛って、口をテープで塞ぐというイメージが出来上がった。“あれはとってもクレイジーでクールだったよ”とアレックスは言う。これはまたバンドの結束、連帯感、ファミリー感覚を強くさせた。バンドにあるファミリー精神と結束は、彼らのステージからも見受けられる。彼らがステージ上でどれだけ互いにサポートし合っているか、それは特にアレックスがジェフと肩を組んで、音楽に乗って揺れ動くのを見れば明らかだった。

Your Favorite Enemiesは2014年2月にニューアルバム『Between Illness And Migration』(オーストラリアと日本では発売済み)をリリースし、それに続いて同年3月にパフォーマンスのためイギリスに来る。アレックスとジェフによると、彼らのアルバムは共に音楽を作る瞬間を捉えたものであり、自身の教会スタジオにてリハーサルしていた時は、楽しむことについて、そして彼らを始まりへと立ち返らせることについてだったという。

これからバンドを始めたい人に、アレックスからのアドバイスがある:自分のままでいること。自分が始めたんだからね。音楽と仲間に誠実であり続け、ミスを許し、チャンスを掴んで、他のバンドにも感謝をすること。そして、全てはアートについて、音楽を通して自分を分かち合うことについてだってことを忘れないこと。それがYour Favorite Enemiesの表す全てさ。

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Your Favorite Enemies新しい友達を見つける – La Presse

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

(DRUMMONDVILLE) ドラモンビルに住むバンドYour Favorite Enemiesは、日本、オーストラリアとヨーロッパへのツアー準備をしている。とりわけイギリスで、ラジオ出演などの成功に乗じているものの、英語で歌うロックバンドとして、ケベックでのコマーシャルラジオからは冷たい態度を受けている。

“予言者は自分の国では敬遠されるって良く言うよね”と礼儀正しくジェフ・ボーリューは言う。“ここの人たちが僕らを知るために何が必要かは分からないけど、CRTC(カナディアン・ラジオ–テレビジョン・テレコミュニケーション・コミッション)が手を貸してくれることはないだろうね(その割り当てを)”

Your Favorite Enemiesはここ数年で名前を広めるのに、Papa Roachとステージをともにするようなレアなチャンスを色々と得てきた。このようなライヴでアンダーグラウンド・カルチャーでのファンを多く掴むことができた。

新しい友人を作るため、バンドメンバーは家を一軒一軒まわってアルバムを売り歩くことに決めた。彼らは最近シェルブルックでそれを行うことにした。“僕らはDIYの哲学を選んだんだ。アルバムをプロデュースし、自分たちの機材をも購入できたから、バンドのTシャツも自分たちでプリントすることができるんだよ”とギタリストは加える。

2006年に結成されたYour Favorite Enemiesは、セフ(ギター)、ミス・イザベル(キーボード&ヴォカル)、アレックス・フォスター(ヴォーカル)、ベン・レムリン(ベース)、チャールズ・アリッシー(ドラムス)とジェフ・ボーリュー(ギター)から成る。バンドはモントリオールにて結成され、2009年に追い出されるまで、本部はヴァレンにあった。その時からドラモンビルへの冒険が始まったのだ。

“僕らはヴァレンにスタジオを持ってたんだけど、警官が何度も訪れてね。それでドラモンビルにセント・シモンの古い教会があるのを発見したんだ。僕らにとっては完璧な場所だったよ。とても静かなところだから、自分たちのことに集中できたんだ。”とボーリューは説明する。

バンドはほとんどのインスピレーションをPearl JamやNirvanaなどのグランジの流れから受け、更にはSonic Youthの回想としてより“ノイズ”を取り入れている。

アルバムセールス12万枚
2007年4月にHopeful Tragedy Recordsを設立してから数ヶ月後、Your Favorite Enemiesは初となる5曲入りEPをリリース。その翌年、バンドは彼らのファーストアルバム『Love Is A Promise Whispering Goodbye』をリリース。他国での彼らの成功は、日本人ビデオゲームコンポーザーTakeharu Ishimotoとの仕事の機会をもたらす。作詞をした3曲をディシディア:ファイナルファンタジーのオリジナルサウンドトラックに提供したのだ。

スタジオに籠り沈黙していた数年の後、バンドは『Vague Souvenir』をプロデュースし、2012年に表舞台へと舞い戻った。このアルバムはバンド初となるフランス語の曲が含まれている。

これまで、Your Favorite Enemiesは世界中で12万枚ものセールスを記録している。彼らの成功の強みと共に、バンドは4thアルバム『Between Illness And Migration』を来春カナダで発売予定だ。

現在ドラモンビルにベースを置くYour Favorite Enemiesは、日本、オーストラリアとヨーロッパに向かう準備をしている。

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『Youthful Dreams』EPカバーにある意味

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

カバー写真に見たインスピレーションは?

これは1月のニューヨーク。それが東京、パリ、ロンドン、上海、サンパウロやカイロだったかもしれないようにね。僕らはこの時、アルバムのミキシング最終段階に入っていて、ニューヨークにしては珍しく、異常なほど寒い夜の道を歩いていた。寒さが僕を支配しようとしていた時、この景色(最終的に「Youthful Dreams Of An Old Empire」カバーになったもの)が僕の意識を捉えたんだ。まるで町が、寒さよりももっとしっかり僕を掴もうとしているように感じた。奇妙に静止した状態で、ネオンライトやフェイクカラーが、世界中誰もが認める方法で人生を装い、魂の集合へいやらしく身を委ねていた。かつて夢見たもの、そして最終的に自分を支配するものにおいて、僕らは主体性がなく、みな同じだ。まるで、変化ではなく魂の解放を追い求めたプロセスのどこかで、自分自身を失ったかのように。僕らはビルの反射となった。クリエイティブな混沌の幻をつくるため完璧に整頓され、組織されている。まやかしの悲しい皮肉、そして自己防衛タイプの偽物の安全に対する、鮮やかで不完全な体現から、僕らの中にある手なずけられない性質を枯らしてしまうために。

まるで、真のアートを最も明確に表したもの、すなわち人生が、僕ら自身をプラスティックで象ったものになったようだった。目に見えない色を確かめ、そして再び明確にするために、かつて僕らを導いたものは幻想の集まりになった。今や僕らの性質を手なずけるものは、その色が、追放された夢を想像する最も確かな方法だと見なしている。

あらゆる帝国は今も、本来持つ自由への望みや、境界線を超えて生きるチャンスをつかみたいという人々に、その支配的性質を課している。失敗することへの恐怖を手放したら、僕らは再び夢を見る、何度も何度も。そして僕らの目に新しい朝日が昇る。僕が見たのはそれなんだ。そしてあの景色について黙って考え、抱えて来た幻想について物思いにふけり、そして生きるチャンスを掴むため、絶対に必要な解放について考える時間を取ったんだ。その夜、僕がスタジオに入ったときにできていた凍傷について説明しながらね。他のメンバーは僕がスタジオに来る前に、仲の良い友達の家に寄ったんだと思ってるよ…まぁ、誰もが幻想やまやかしを育てているよね:)

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