• Both Sides of the Brain

  • Sef Lemelin - Deconstruction

  • Sef Lemelin - Deconstruction

  • AHF Release<

  • SFCC

  • SFCC

  • YFE Store Gift Cards

Confront誌インタビュー

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

CONFRONT: 『Between Illness And Migration』のレコーディングプロセスはどのような感じでしたか?

YOUR FAVORITE ENEMIES: 『Between Illness And Migration』のレコーディングプロセス全体を説明するとしたら、“共通の解放を通した自由”っていうのがベストかな。僕らが自分自身に経験させた自由から、真に特徴的な音楽の瞬間をつくりだすことができたんだ。バンド内で分かち合った交流を反映した音楽的瞬間をね。だって同じ部屋に、みんなで一緒に存在してるっていう、その真実性以外全てを手放したんだ。だからこそ、ほとんどの曲が僕らの施設(数年前に買い取った古いカトリック教会をレコーディングスタジオへと改造した)でライヴレコーディングされたんだ。だから、アルバムに収録されている曲は、僕らにとって真実の瞬間なんだ。みんなで一緒に曲を作り始めたところから、最終ミキシングのプロセスまでね。僕ら6人が魂で奏でる音楽を、そのままシンプルに受け入れることにしたんだ。命が溢れていて、未完全で、ボロボロで、夢見がちで、コントロールがきかなくて、時々危なっかしいほどにずれている…その全て、そして多分更に酷い…でも、それでもなお、完全に自由なんだ。僕らが気にかけたのは、それだけだよ。“自分でいる”という勇気、そしてそれによって生まれるだろうものへの勇気。そこから出来上がったものが、『Between Illness And Migration』を引き寄せたんだ。そこから出来上がったものは、6人の心の触れ合いだよ。僕ら以外の人々がどう思うかなんていう疑いや恐れなしにね。重力からの自由さ。

CONFRONT: 過去のアルバムとこのアルバムの違いは何でしょうか?

YFE: アルバム作りのために、僕らのライヴスタジオルームに初めて全員で集まったときに、とても自然に生まれたものは、バンド全体のダイナミックさとグローバルな視野だったと思う。以前僕らが知っていたこと(または知ってるフリをしていたこと)は、“シンガー/ソングライター/セルフプロデューサー/一匹狼/僕が言ったことだけをやれ”ってタイプのアプローチ、または“不安ーコントロール気違いーアンチクライマックス”的アプローチとも呼べるような、無菌に管理されたようなアプローチだったんだ。このクリエイティブな環境を、そんな“自己保存”的な方法で管理しようとすれば、緊張が生まれるに決まってる。それが、全員が楽しめるようなものでも、みんなで一緒に解放できるようなインスピレーションとなるようなものじゃないのは当然だよね。

だから、僕らがかつて黄金に輝く偽物の笑顔で受け入れていた、そのイライラして耐えられないようなプロセスを、“もしも本物なら、それは開花する”ってタイプの“PLAY – REC”っていう昔ながらのインスピレーションに溢れたライヴレコーディングにしたんだ。それは色々な意味で、そしてだからこそ、“Between Illness And Migration”(憂いと変遷の間)が“Between Epiphanies To Every Other Catastrophes”(悟りと他全ての大惨事)って呼ばれてたかもしれない理由さ。その完全に解放するプロセスと、純粋に自由な本質においてね。

CONFRONT: このアルバムレコーディングから学んだことで、次のアルバム制作にも活かしたいことは何ですか?

YFE:もし、僕らが学んだことが一つあるんだとしたら、どこまでひれ伏し、解放できるかっていう個人的なレベルが全てだってことかな。それが全体に共通する交流と究極的に真の音楽の旅を生むんだ。もしも最高にクリエイティブな環境にいるなら、想像力に欠けた感情的交流を、励みとなるような祈りの部屋へと変えることができるはずだなんていう魔法みたいな考えじゃなくてね。そして信じて、僕ら自身の教会にいるという最高にユニークな感覚は、とてもソウルフルで、数日間は興奮が続いた。でも、すぐに気づいたんだよ。インスピレーションに溢れた悟りは、僕らのクリエイティブな環境のスピリチュアルな性質からは生まれないって。それは、互いにどこまで深く関われるかっていう覚悟から生まれたんだ。プロジェクトに対してじゃなくて、僕ら自身の繋がりに対してね。それが神聖な場所なんだ。

CONFRONT: スタジオで出来上がっていく様を最も楽しんだ曲はどれですか?

YFE: 全員で大広間に立って、それぞれが瞬間へと身を任せているのを見ながら、ほとんど全ての曲をライヴレコーディングしたから、全ての曲がとても特別でユニークな方法で生まれたと言える。たいていは、その後にどうそれを受け入れるかってことなんだ。

でも、もしも1曲選ぶんだとしたら、日本盤のアルバムに収録したオリジナルバージョンの「From The City To The Ocean」かな。これは、混乱とまやかしと幻想に満ちた12分の旅なんだ…恐れによる自分の抑制、そして個人的な無垢の喪失。音楽的なサウンドスケープは、解放による安心を待つ、ツイストされた音のめまい。真夜中にレコーディングしたんだ。自らがつくり出した永遠に続く夕暮れを抜けて、僕らが朝の光を見れるように、この曲が導いてくれたように感じた。そしてステンドグラスから差し込む、あの日の朝日は、ただ最高だったよ。

CONFRONT: 自主レーベルを設立するという決断の背景にはどんな思いがあったのですか?また、それはミュージシャンという立場にマイナスな影響を与えたでしょうか?それとも全く逆でしたか?

YFE: プロセスはとてもシンプルだったよ。だって、役人が必要とかっていうのとはかけ離れたもので、僕らはただ自分たちのヴィジョンを自分たちで管理するっていう風に決めただけだからね。僕らは社会の落ちこぼれ集団で、自信なんか全くないまま、同じような音楽の趣味や精神を持った者同士、予測不可能な流れに完全に巻き込まれたんだ。だから、世界中至るところで人々が僕らの音楽を欲しがっていると知ったとき、僕ら自身、急いでオーガナイズしなきゃいけなかったのさ。そして当時、僕らのヴィジョンは代表者たちと共有されなかったから、じゃあ自分たちで責任を持とうって決めたんだ。

大きな代償を支払うような間違いもしたし、悪い決断もしたし、クレイジーなギャンブルにも負けた。でも、アルバムを成功させられないようなダメな仕事をしてるってことで、レーベルの管理を責めるなんていうチャンスもなかった。僕らはプロジェクトの予算を決めた。ロックスター的なライフスタイルには派手すぎることさ!でもね、もちろん良いこともあったよ!

自主レーベルを持ったことで良かったのは、一つ一つのステップが自分たちが強く信じたものでなきゃいけないっていう風であり続けたこと。だって、僕らの尻拭いをしてくれる人はいないからね。僕らが賭けているものが何かを理解していた。だから、もしもプロジェクトに対して“全員”が賛成しなかったら、僕らはシンプルに見過ごすんだ。何かを強く信じているときには、外部のビジネス世界から、それがどんなに奇妙に見えようと、もしくは周りにいる人々の目にとって、どれがどんなに普通の道から外れていようと、最初に持った自分の信念に従って、全力を傾けられるって強く思うんだよ。何も予定通りにはいかない。本当にね。だから、僕らは互いを信じ、固い絆で結ばれる必要があるんだ。だって、僕らにとって、野望を持つことと、ヴィジョンを持つことは全く違うことだから。野望は幻想の笑いとつかの間の活気を生むけど、ヴィジョンを持つことはインスピレーションに溢れる自由を得る。

でも正直に言うと自主レーベルを持つことによって、何よりも先に、毎日親友たちと一緒に働けるっていう素晴らしい特権を得ることができた。だからこそ、異常なほど長時間の仕事や、狂いそうなくらいノンストップに“集中しろ”っていう精神に関わらず、僕らは“Hopeful Tragedy Records”を伝統的な音楽ビジネスの試みとして見ていない。まず第一にコミュニティであり、ユニークなファミリーだ。僕らのほとんどがレーベル設立の初めから一緒にいる。そしてみんなで一緒に作り上げて来たものは、僕らが想像したものや夢見たものを越えたものなんだ。僕ら全員にとって、ここは“家”と呼ぶ場所なんだよ。

CONFRONT: Kerrang誌に“カナダ最大の隠し玉”として掲載されたときの心境は?

YFE: 他人から見た自分を知るのって特別だよね。何ていうか、僕らはただ僕らの“こと”をしてるだけであって、僕らが建前で参加してるビジネス評論家の目を通した”僕ら”になることは、考えてないんだ。だから、こういうことはいつも、ハッピーな出来事として受け取ってるよ。間違わないでね、僕らは別に“こんなのどうってことないよ”みたいな態度をとってるわけじゃないから。でも、僕らは全てを相対的に見ていて、Kerrang誌に載ったことで、僕がこういう雑誌を読んでたときのことを思い出した。昔は、そこに載ってたバンドやアーティストはこの世のものじゃない、神みたいな存在で、触れることを許されないような存在だって思ってたよ。だから、どんなタイプの広告でも、そこに自分たちを見るのはすごく特別だ…恐れ多いって感じの謙遜的な気持ちと、“夢見たことがこんな形で実現するなんてすごいや”っていう感覚が混ざってる。

そして“カナダ最大の隠し玉”って見なされてることは…まぁ、世界中で輝きを放ってる様々なジャンルの素晴らしいカナダ人たちと共に、僕らは本国で知られていないカナディアンアーティストたちのリストの最後だと思う(笑)そして一度でも、イギリスかニューヨーク出身かって迷われないのは、嬉しいよ。大抵、そう思われるからね。

CONFRONT: カナダ以外の国を多くツアーしていますね。ライブをする上で、あなたが最も驚いた都市や国はどこですか?またその理由も教えて下さい。

YFE: 世界中たくさんの素晴らしい国をツアーすることができるのは、本当に恵まれたことだよ。そうやって様々な文化に浸ったときに、たくさん美しいものを見ることができるのも、最高に恵まれてる。訪れた国それぞれに特別な物語があるんだ。特定の場所での素晴らしい思い出があるんだよ。僕にとって、日本、フランス、中国とイギリスは、ここ数年本当に唯一無二の体験をした場所だ。日本はもうずっと僕にとって特別な場所なんだよ。初めてこの国を訪れたときから、僕が思い描く“家”っていう感覚そのものだって感じたんだ。こういう感情的な繋がりを説明するのは難しいよ。僕が深く必要としていたときの、平和と休息の奥深い感覚なんだ。

フランスは、僕が無になって自分を浸せる真にソウルフルな場所だ。詩を書くものとして、または文学やアートジャンキーとしてだけでなく、人々が大好きだからさ。愛は盲目だっていう人もいるかもしれないけど、パリジャンが最高に歓迎的で温かいって思ったのは、もしかしたら僕だけかもしれないね…!何だって?!?もしパリジャンを嫌ってるなら、それはきっと、彼らに暴力的に叫ばれたことがないからだよ。そこにはロマンチックな側面があるんだ。うーん、もう一回叫んでみて…そうさ、君は正しい。”je suis un enfoiré et je suis un sale connard”(僕はくそったれで、薄汚い奴)このアクセントは、僕の魂にとってのミュージックだ…!笑 中国に関しては、ツアーの経験の中でも最も驚くべき経験をしたところだよ。僕らは中国全土を6週間ツアーしたんだ。僕らが初めてのバンド−いや、多分最初の外国人−として訪れた多くの町では、最高に歓迎的で、好奇心旺盛で、寛容でパッションに溢れる人々と出会った。世代や、地域や町に関わらず、人々は夢が変化を起こすパワーを発見していたんだ。若いキッズたちは、素晴らしく熱かったよ。音楽シーンで言うとしたら、1972年か1979年頃のニューヨークかロンドンって感じ。でも少なくとも、その1000倍!本当に正気じゃないほどで、ものすごかったから、僕らのステージでのアプローチやステージ外での人との触れ合い方も、その時から変わったよ。イギー・ポップのステージダイブやそういう狂った感じのジャンプがマイナーなイベントに見えるくらい、僕らがライヴ中に見た光景はすごかった。あれは“これって自殺行為?それとも解放して自由になるってことのもの凄い表現?”ってタイプの異常さだった。

そして色々言ってきた中でも、イギリスは最もロマンチックな場所だよ。僕らが子供の頃聴いて育ち、そして今でも聴いている大好きなバンドのほとんどがイギリス出身っていうだけでなく、僕らにとってロンドンが全ての始まりの場所なんだ。“流行”やクールであるべきものっていうのに関わらず、初めて“ありのまま”で歓迎されたと感じた場所。僕らはただの僕らだった。かなりめちゃくちゃな。それでもなお、僕ら。当時の僕らにとって、それはとても解放的な感覚だったよ。

CONFRONT: 今でもライブをしたいと思う場所は?

YFE: 日本の京都かな。僕らは年に一度、京都の山深い場所に位置する歴史あるお寺でライヴをしてるんだ。国宝に指定されてるお寺だよ。僕らがそこでライヴをした唯一の外国人ってこともそうだけど、この世のものとは思えない、こんな非凡な場所でライヴをするバンドなんて、そういないよね。お寺を管理している家族は、僕らのファンであって、今じゃ本当の家族のような存在なんだ。だから改めて、僕らの音楽と人に置く価値が、交流するのに最も珍しい場所へと導いてくれたよ。

CONFRONT: バンドについてファンが知らないことを一つあげるとしたら?

YFE: 数年前、ミス・イザベルが僕に聖職者の賛美歌を歌って欲しいと説得したことかな。当時、彼女が関わっていた古い学校のゴスペルのプロジェクトだよ。多分、僕のJohn Lydonがおかしく混ざったような、もしくはNick CaveがDon Mclean、Phil OchsやJackson C Frankと出会ったような演出のミックスが、ミス・イザベルにこのプロジェクトを今でも考慮させている理由かもしれないね…笑

CONFRONT: 現在活躍中でも故人でも、もしも一緒にパフォーマンスできるとしたら、どのアーティストが良いですか?またその理由も教えて下さい。

YFE: バンドみんなに共通した選択は、絶対にJoe Strummerだね。主に、彼の音楽が、僕の最も辛い十代の時期を耐えぬくのに勇気をくれたから…そして、僕がライブハウスの2階のバルコニーから迷いもなく観客へとジャンプする主な理由が彼だから。Kurt Cobainも共通の選択になるかな。彼のパッションと完全な解放においてね。でも、もしも一人だけっていうんなら、Nick Caveだな。理由は彼がNick Caveだから。彼のような人は他に誰もいないし、なれない…それだけで僕にとっては十分すぎるほどの理由だよ!!!

CONFRONT: 最近あなたのプレイリストでリピートされているアーティストと、その曲/アルバムを3つあげて下さい。またその理由は?

YFE: Nick Cave And The Bad Seeds – Abattoir Blues

こういうアルバムは、ゆっくりと魂に馴染んでいくタイプの音楽で、やがて自分を人として完全に変えてくれるアルバムだよ。そして何となく、そのカオス、そのノイズ、そのスピリット、その奇妙な囁きと平和な叫びにやみつきになるんだ。

Savages – Silence Yourself

これは最近僕がハマっている音楽だよ。僕が聴きながら育ったような音楽が、新しい情熱と激しさで表現されているのを聴くのは新鮮だよ。ハラハラするようなトーンと寛容なセンスの緊急性もある。シンプルにそうである必要があるんだ。フリをすることなく。そこにあるのは、今日の個性のないつまらない音楽への一撃だよ。

Sonic Youth – Sonic Nurse

僕が生涯大好きなアルバムの一つだ。薄汚れた60年代と Velvet Underground が混ざったようなサウンド。ノイズとサイケっぽいメロディーをユニークな方法で調和させている不協和音なツイスト。そして何よりも、ほとんどのアルバムが個人的なレベルで経験する旅なんだ…それがどんな意味を持っていて、どこへ導こうとね。

CONFRONT: 2014年のYour Favorite Enemiesに、ファンが期待できることは?

YFE: カードはかなりシャッフルされてるよ。というのも、アルバム“Between Illness And Migration”のリリースを、国ごとに発売していくっていうユニークなスケジュールにしたからね。だからとても忙しい1年になる。僕らは今まさにバルセロナにいるんだ。6週間のイギリスプロモツアーに出発する前に、次のシングルのビデオを撮りたくてね。僕らは5週間の中国ツアーに出て、フランス限定で特別なEPも発売する…その全てが、カナダバージョンの“Between Illness And Migration”がリリースされる5月20日までのスケジュールだよ。そしてその後は初めて本国をツアーしてまわる。夏はヨーロッパのフェスティバルに参加し、更に秋には僕ら自身のサーカスを連れてまた戻る。ビタミン剤、アドレナリン注射と輸血バッグが、バンドの“2014年サバイバルキット”の名に上がってるよ(笑)

インタビュー全文を読む!

このノイズロッカーたちはカナダ最大の隠し玉なんだ…

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

YOUR FAVORITE ENEMIES
シィーッ、静かに!このノイズロッカーたちはカナダ最大の隠し玉なんだ…

じゃあ、何でそんなにも秘密にしてきたの?
今までYour Favorite Enemiesは、意図的にスポットライトに当たることを避けてきたようだ。2006年にモントリオールで結成された後、バンドはすぐに北米の興味に火をつけた。彼らは多くの音楽雑誌に取り上げられ、様々なレーベルから誘いを受けた。「あれはクレイジーな列車だったよ。最初はすごく楽しかったんだ」とフロントマンのアレックス・フォスター(ニット帽を被っている)は語る。「でも、やがて僕らは他人の野望の中で、自分自身を見失ってると気づいた。僕らは自分たちが何をしたいのか、そしてどうやってそれを実現させるかという決断をしたんだ。僕ら自身の運命の舵を取りたかったんだよ。」

だから彼らはDIYに熱心なの?
まさにその通り。Black Flagのようなハードコア・レジェンドの遺産にインスパイアされた彼らは、自主レーベルHopeful Tragedyを立ち上げ、ファーストEPを4万枚ソールドした。またバンドは古いカトリック教会を買い取り、そこをレコーディングスタジオへと変貌させたのだ。「インタビューの時にDIY精神を支持するのはセクシーだけど、実際にはかなりの労働だよ」とギタリストのジェフ・ボーリューは言う。「ただローカルなシーンで活動するってことだけじゃない。自らオーガナイズし、献身しなきゃけないんだ。」

もうイギリスに来たことはある?
彼らはロンドンの2カ所でプレイしたばかりだ。そして来年の春、デビューフルレンスアルバム『Between Illness And Migration』がイギリスでリリースされる頃にまた戻ってくる。彼らは中国や日本でもクレイジーなライブを行ったことがある。強い社会政治的傾向のあるバンドにとって(アレックスはアムネスティーインターナショナルのスポークスパーソンである)前者はなかなかチャレンジだったはずだ。「自分が言うことを良く考えなきゃいけなかった。でも対立的になってショーを止められ、15分だけの名声を得るよりも、夢について話し、種を蒔く方が良いと思ったんだ」とアレックスは言う。「日本では、山奥にある仏教寺院でプレイしたんだよ。住職が拳をあげてロックしてた。夢みたいだったよ。」

それはすごいね。でも彼らの音は実際どんな感じなの?
アレックスはYour Favorite Enemiesを“魂のあるノイズロック”と描写している。しかし彼らのこれまでの楽曲を聴く限り、楽々とムードとジャンルの波に乗っている。しなやかなQueens Of The Stone Ageのグルーヴから、耳障りなSonic Youthのノイズ、軽快なアコースティックまで、彼らは何でもできる。Kerrang.comから「A View From Within」をチェックし、新しいフレンドの音を聴いてみて欲しい。

MEET THE BAND
じゃあアレックス、残りの秘密のバンド仲間に挨拶させてくれ…

ジェフ・ボーリュー(ギター)
“ジェフはバンドのスパークだよ。いつもポジティブで、話し合いの席に多くのアイディアを持ってきてくれるんだ。彼こそがバンドを繋ぐ中心人物だよ。”

セフ(ギター)
“こいつは史上最もクレイジーなマッドサイエンティストだよ。セフのペダルボードを見てみなよ。ライトがいっぱいで、ピンク・フロイドのショーみたいだ!”

ベン・レムリン(ベース)
“ベンはとてもパッションに溢れる人だ。そして彼はヘヴィーさと素晴らしいメロディーの両方をバンドにもたらしてくれる”

ミス・イザベル(キーボード/ボーカル)
“彼女は僕らの目を見て、挑戦することを恐れないんだ。僕らが難しい方向へと向かっていくときに、明快さを与えてくれるよ”

チャールズ“ムース”アリッシー(ドラムス)
“ムースは森の中の静かなスピリットみたいなんだ。彼はあまりプロフィールを明かさないけど、彼が話すときは、みんな止まって聞き入るよ”

Your Favorite Enemies: 激ロック

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

この9月から10月にかけて、3度目となる来日ツアーを実現させたカナダのオルタナ・ロック・バンド、YOUR FAVORITE ENEMIES(以下YFE)にインタビュー。2006年の結成以来、貫き通しているDIY精神に基づいた活動や日本デビュー作となった『Between Illness And Migration』に込められた想いを聞いた。

Alex(以下A):日曜日にもかかわらず、わざわざ来てもらってありがとう。yfe_gekirock_02

-いえいえ、こちらこそ忙しい中、時間を作っていただいてありがとうございます。スチールやビデオの撮影を担当しているスタッフを含め、カナダからは総勢何人でいらっしゃったんですか?

A:12人だよ。

-12人! すごい。なかなかそんなに大人数で来日するバンドもいないですよ。

A:ね。サーカスみたいだろ(笑)。

-12人もいると、みんなをまとめるのは大変ではないですか?

yfe_gekirock_03 Ben(以下B):そうだね!



A:あぁ、問題児が何人かいるからなぁ(笑)。日本の人たちを見習って、礼儀を身につけたほうがいいよね。



B:あははは。

-時たま何人か行方不明になったりするんですか(笑)?

A:いやいや、そんなことはないよ。メンバーそれぞれにきちっと果たさないといけない役割があるし、ライヴをやったり、ファンのみんなとあったり忙しいから悪さをする時間なんてないんだ。みんなで和気藹々と楽しくやっているよ。メンバーはもちろん、フォトグラファーのStephanieとか、日本のスタッフのKosho、Momokaとかもみんな仲がいい。それに僕らはファンのみんなともとても近しい関係にある。ファンのみんなが僕らに会えるのを楽しみにしているように僕らも日本についてからずっとエキサイトしっぱなしなんだ。僕らは僕らのバンドを、ファンも含め1つのコミュニティだと考えている。そういう意味では、サーカスと言うよりは、大家族の大移動と言ったほうがいいかもしれないな。まぁ、そうは言っても、時々、クレイジーなことにもなるけどね(笑)。

-今、コミュニティという話が出ましたけど、日本のファンが今回の来日ツアーをサポートしていると聞きました。日本のファンとはいつどんなふうに出会い、そういう関係を築いていったんですか?

A:2006年だったと思う。ネットでバンドの音楽をシェアしはじめたとき、日本のファンとはオンラインで出会ったんだ。元々、僕らはファンとは近しい関係を持つタイプのバンドだったから、日本とのファンともあっという間に友達のような関係になった。自然の成り行きだったよ。エンターテイナーとファンと言うよりももっと深い、社会的な問題とか個人的な悩みとかもシェアしあえる関係になっていったんだ。いろいろなメッセージを交換しあう中で、日本の若い人たちは本当に素晴らしいということを感じる一方で、絶望や悩みを抱えている世代であるということも知って、彼らのために何かしたいとも思うようになった。今回の来日も含め、ライヴのプロジェクトはすべて、そういう想いの延長にあるんだ。彼らを通して、日本のことを知ることができたから、日本に来るずっと前から日本のことは大好きだったんだ。

-海外のバンドの多くがいろいろな国のファンと堅い絆で結ばれた関係を築きたいと思いながら、なかなか実現できないでいるんだけど、みなさんはそういう関係を作り上げることができた。それはやはりファンとのコミュニケーションに対して、他のバンドよりも熱心に取り組んできたからなんでしょうか?

A:そもそもファンベースを作りたいなんていう願望がなかったからじゃないかな。僕らは常に友達、そして家族になろうとしてきた。自分たちのキャリアの成功のためにファンベースを広げていきたいという下心は全然ないんだ。みんなと同じ立場で話をしてきただけなんだよ。

-同じ立場で、ですか?

A:ああ、たとえば僕らだって、いつまでバンドを続けていけるんだろうかと将来のことを考えて、不安になってしまうこともある。つまり、生きていくことが不安で、怖くてしかたがないという意味では、みんなと同じなんだよ。5年後にはメジャー・レーベルと契約して、大スターになるぞなんて大それた計画を持って、バンドを始めたわけじゃない。僕らはみんなと変わらない若者としてここにいる。ファンと僕らを結びつける架け橋になったのが音楽であることはまちがいないけど、僕らが考えていた計画らしい計画と言ったら、みんなとのコネクションをクリエイトすることとコミュニティとして1つになって、みんなで成長していくことぐらいだな。戦略とか分析とかとは無縁のアプローチで、ここまでやってきたんだ。人生をみんなでシェアしながらサポートしあいたいという気持ちとともにね。スタッフもファンも僕のことをAlexと呼ぶ。僕もみんなのことをファースト・ネームで呼ぶ。それは普通の人たちと何ら変わらない。そういう人間関係が成功の秘訣なんじゃないかな。

-なるほど。DIYでの活動に限界を感じることはない?という質問も考えていたんですけど、それはないというわけですね。

A:友情はかけがえのないギフトだと思うし、それを誰かから受け取った時はうれしいと思うと同時に本当に光栄なことだと思って、大事にしていこうと考えている。日本のファンが僕のことを友達とか兄貴とか弟とかと言ってくれるのがホントうれしいんだ。音楽が架け橋だったと言ったけど、そういう関係性がある時、音楽とかネットとか、ファンと僕らを繋いでいるツールを越えた瞬間があったんだ。それ以降は本当の関係を作れてると感じているし、同時に自分たちはミュージシャンとしても成長しているとも感じている。もちろん、僕らはさまざまな失敗や過ちもしてきた。でも、愛は慈悲深く、そして辛抱強くあってくれるもので、がんばっていれば、愛は過ちをカヴァーしてまた先に進む力を与えてくれる。僕らがやっていることは、そんな美しいラヴ・パンクの物語なんじゃないかな。ラヴ・パンクなんて今作った言葉だから、そんなものがあるかどうかわからないけどね(笑)。

-ところで、今回の来日ツアーはいかがでしたか?

A:素晴らしかったよ。グレートの一言に尽きるね。大事に思っている親愛なる人たちとついに出会える場面がいくつもあったんだからね。光栄だったし、うれしかった。ホームタウンでやるライヴが最も難しいって多くのミュージシャンが言うけど、僕らにとって、日本でやるライヴはどこに行ってもホームタウン・ライヴみたいなものなんだ。毎晩、違う感動の嵐が吹き荒れたよ。たとえ同じ曲でもインプロをたっぷり盛りこんだし、その場その場の雰囲気に合わせて、楽曲を作り上げていったしね。あっという間に過ぎてしまって、僕たちの1つのチャプターが終わってしまったなんてちょっと信じられないと言うか、なんだか寂しいよね。今回は、自分たちでヴァンを運転しながらツアーしたんだ。だから、いろいろなところに立ち寄って、ライヴに来られない人たちとも会うことができた。いろいろな出会いがあったよ。毎日がパーティーみたいで楽しかったな。

-京都かな大阪かな、どちらかわからないんですけど、お寺に泊まったんですか?

A:そう! Koshoの実家がお寺なんだ。KoshoもMomokaも元々はファンだったんだ。2008年とか2010年とかの来日で出会ったんだけど、Koshoは今、ビデオの撮影を担当してくれてるし、Momokaはコーディネートとか翻訳とかをやってくれている。僕たちがコミュニティとして、どんなふうに成長してきたかを知ってもらういい例だと思うんだけど、そういうわけで、Koshoの実家であるお寺に泊めてもらったうえにライヴもやらせてもらったんだ! アコースティック・セットだけではなく、エレキ編成のライヴを歴史あるお寺でやらせてもらうというすごく貴重な体験をさせてもらったよ。ライヴをやるとき、靴を脱いだのは初めて経験だった。なんてパンクなんだと思ったよ(笑)。

-みなさんにとってもファンにとっても貴重な体験になりましたね。

A:ああ、珍しい体験をさせてもらって、とても光栄だったよ。実は住職であるKoshoのお父さんが1番ロックしてたんだ。その姿を見るのが何よりもうれしかった。文化的に新しい1ページを開いたんじゃないかな(笑)。

-お寺ならではの体験もできたんですか?

A:お寺にいるって事実や、そういう環境に身を置いているという経験そのものが自分たちの人生を反映していると言うか、自分たちの人生を改めて考えさせられたと言うか、そこで過ごす時間、そこで行うことすべてがいろいろな角度からスピリチュアルな刺激となって、自分たちに降りかかってきたんだ。単にバンドとファンという関係に止まらない、自分たちがこれまで育んできた親しい関係がこんなふうに実を結んだんだと思うと感激も一入だったよ。だって、クレイジーなことばかりやってきた僕らがこんなところまで来られたんだ。朝、目を覚ますとお寺にいる。それだけで楽しいと思えたね。経験っていうのは周囲の環境によって形作られることがあると思うんだけど、どんな形にせよ、自分たちがいつも思うのは、生きていることは命のセレブレーションだってこと。命って素晴らしいよねってことを、毎日、僕たちに教えてくれるのがそういう経験の積み重ねなんだけど、日本に来るといつもそのことを実感させられるんだ。

-ところで、メンバー全員が顔を揃えているので、メンバーひとりひとりのことも教えてもらいたいんです。

A:いいね!

-ただ、時間の都合上、ひとりひとりにつっこんだ話は聞けないので、それぞれに初めて行ったコンサートが誰のコンサートだったかを教えてください。では、Benからどうぞ。

B:デス・メタルのCRYPTOPSY。

A:とてもメロウなバンドだよな(笑)。

B:そう、とてもスウィートなね(笑)。

-それはつまりBenの音楽的なバックボーンがデス・メタルってこと?

B:まぁ、そういうことになるかな。

-それは何歳の時だったんですか?

B:17歳。本当は年齢的に入れなかったんだけど、ズルして潜りこんだんだ(笑)。

-ほぉ(笑)。Sefは? yfe_gekirock_04

Sef(以下S):METALLICAの『Black Album』の時のコンサートだったよ。

-それは何歳の時でしたか?

S:16歳の時だったね。ちょうどギターを弾きはじめた頃だったな。

A:SefとBenは兄弟なんだよ。

-あ、そうなんですか。ということはSefがお兄さん?

S:そう。

-じゃあ、BenはSefにいろいろなコンサートに連れていってもらったんですか?

B:いんや。

S:今は仲がいいけど、昔は全然つきあいがなかったんだ。

B:兄貴はデス・メタルが好きじゃなかったからね。

S:だね。当時はBenが聴いている音楽はノイズだと思ってたから(笑)。俺はIRON MAIDENとかTESTAMENTとかが好きだったんだ。

yfe_gekirock_05-では、Isabelさん。

Miss Isabel(以下M):16歳か17歳の頃だったと思うんだけど、モントリオールで見たCOUNTING CROWSのコンサートが最初だった。なぜ覚えているかと言うと、この中の何人かと、すでにYFEの前身バンドをやっていて、COUNTING CROWSのコンサートを見たその足でカナダの西海岸にあるエドモントンでライヴをやるため、44時間ドライヴしていったのよ。

-44時間ですか?!

M:2人の運転手が交代しながらノンストップでドライヴしていって44時間。そのバンドは7人編成だったんだけど、1台のヴァンに機材をすべて積んでギュウギュウ詰めになってカナダの端から端まで行ったのよ。もっとも、そういうクレイジーな体験は今でも変わらないけど(笑)。 

-女性ひとりで大変だったんじゃないですか?

M:その頃はキーボード担当の女の子がもうひとりいたのよ。でも、今は省エネで歌からキーボードまで全部ひとりでやらされてるわ(笑)。

A:そういうクレイジーな世界で生き残れたのが彼女ひとりだったってわけさ(笑)。

-Moose さんは? yfe_gekirock_06

Charles(以下C):PINK FLOYD。16歳だったよ。

-いつ頃のPINK FLOYDですか?

C:『The Division Bell』の頃だから……。

A:1994年だよね。

C:6万人を集めた3夜連続のスタジアム・コンサートの3日目に行ったんだ。

-へぇ。PINK FLOYDが好きなんですか?

C:そうだね。PINK FLOYDとかGENESISとかプログレッシヴ・ロックが好きだね。もちろん、カナダが誇るRUSHもね。

A:彼はとても洗練されてるからね(笑)。唯一、ちゃんとした音楽教育を受けたメンバーなんだ。大学の学位も持ってるんだぜ。申し訳ないよ。でも、(SEX PISTOLSの)John Lydonだって音楽を勉強するために学校に行ったわけじゃないからね。

yfe_gekirock_07Jeff(以下J):Mooseの後だと言いづらいな。なんたって16才の時に行ったPENNYWISEが俺の初めてのコンサートだからね。

-PENNYWISEと言えば、ヴォーカリストのJim Lindbergが一度抜けたあと、また戻ってきたごたごたについてはどう思いますか?

A:あれには泣けたよな。

J:(日本語で)泣キタクナーイ。最初、彼らのファンになった理由は反社会的なところや政治的な主張だったんだけど、Jimがそれに反動するような形でバンドを出ていったにもかかわらず、また戻ってきたんだからね。同じバンドとは思えなかったよ。その頃から彼らのことはちょっとね……。

-Alexは?

A:地元のバンドをたくさん見ていたけど、プロフェッショナルなバンドという意味では、ニューヨークからやってきたRAMONESだね。15歳か16歳の時だった。人生を変えられたね。舞台と客席の間に境界線はないと初めて思えたコンサートだった。パワフルで、 ラウドで、ファストで素晴らしかったよ。あれが本当の意味でヘヴィって言うんだ。客が興奮して、会場の座席を取り外して、大暴れしはじめたんだよ。中には座席に座ったままボディ・サーフィンで運ばれる人もいてね。とにかくクレイジーだった。今、自分がライヴでクレイジーなことをやってしまうのは、あのRAMONESのコンサートが原体験としてあるからかもしれない。音楽によって、自由に解き放たれるという体験を、それまでにないレベルでできた夜だった。大騒ぎしながら赤の他人と抱きあい、目の前にある一瞬が永遠に変わっていくさまを目の当たりにしたんだ。そのコンサートに行ったという人たちはいまだに、あの夜はすごかったという話をあちこちでしているよ。RAMONESが1番、脂が乗っていた時期だったんじゃないかな。それを生々しく感じることができたコンサートだった。RAMONESについて語るといつも時間がなくなってしまうんだ。それほど僕にとって、彼らはすごい存在なんだよ。
-初めてコンサートに行ったバンドから1番、影響を受けているとは限りませんけど、バックグラウンドにある音楽はみなさんバラバラのようですね?

A:そうだね。

-YFEとして曲を作るうえで、全員の意見やアイディアをまとめるのが大変ってことはありませんか?

A:時にはね。ただ、音楽って魂や自分の人生にとって、すごく大切なものだから、曲を作るとき、どうしようかなんて作戦を立てる必要はないんだよ。僕らの中から溢れ出てくるものが自然であれば自然であるほど、純粋なものになると信じてるから、曲を作るときは変に考えたりしないんだ。

S:同時に全然違う好みのメンバーが集まっているからこそできる新しい発見もあるしね。俺はどちらかと言うと、自分の世界に閉じこもって音楽を聴いてきたタイプの人間だから、他のメンバーによって新しいバンドに目を向けることも多い。そこからの影響を取り入れて、自分の持ち味と合わせることができたらバンドにとってもいいよね。未知の音楽から影響されたからって自分らしさを失うとは思わないよ。むしろ、たとえ失ったとしても新しいことに挑戦したとき、ミュージシャンとして成長できるんじゃないかな。

-たとえば、どんなバンドを他のメンバーから教えてもらったんですか?

S:SONIC YOUTHをAlexから聴かせてもらった時の衝撃は忘れられないね。彼らの音楽にはヘヴィ・メタルの世界にはないテンションやカオスがあった。まるで重力すらない世界にひきずりこまれたような感覚を味わったよ。あの時は目の前に新たな世界が一気に広がったね。それとWILCOのギタリスト、Nels Clineだな。テクニックとパッション、そしてカオスをバランスよく、しかもメロディを失わずに取り入れているギター・プレイには刺激された。大好きなギタリストだよ。

-では、そろそろ時間なので、最後に今後の活動予定を教えてください。

yfe_gekirock_08A:日本では今年3月にリリースされた『Between Illness And Migration』がこれからイギリス、フランス、カナダで順次、リリースされるんだ。国によって、ヴァージョンが若干違うんだけど、リリース後は各国を回って、それぞれのヴァージョンをファンとシェアしたいね。大好きな仲間たちと大好きな音楽をやれるだけでホント幸せなんだけど、僕らをサポートしてくれるみんなにありがとうという気持ちも込めて、アルバムを紹介して回れるのはうれしいよ。来年はすごく忙しい年になると思う。感謝の気持ちでいっぱいだよ。最後に1つ付け加えたいんだけど、『Between Illness And Migration』の日本ヴァージョンには特別な想いが込められているんだ。というのは、このアルバムは、日本のある女性との約束を果たすために作ったアルバムなんだ。彼女はうつ病に苦しんだすえ、自ら命を絶ってしまった僕らの友人のお母さんなんだけど、Jeffと僕を東京にある40階建てのビルの屋上に連れていって、僕らの目を見ながらこう言ったんだ。“ここから見える東京の景色を見て。ここには私の息子みたいな子供がたくさんいる。あなたたちが彼らのために何かしたいと思っている気持ちはとてもうれしい。ぜひそうしてちょうだい”。『Between Illness And Migration』はその約束から生まれたアルバムなんだ。結果としてできたものはアートであり、音楽ではあるんだけど、そこに込められた想いはとても生々しい、僕の魂に突き刺さったものなんだ。彼女が僕の目を見ながら言った言葉は、何回、RAMONESのコンサートに行っても得られない、それとは全然違う衝撃を僕に与えた。そのことを最後にどうしても伝えておきたかったんだ。

オリジナルレビューを読む

YOUR FAVORITE ENEMIES – MIXTAPE

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

カナダ出身のYour Favorite Enemiesはかなりエモだ。彼らはかつてビデオゲーム、ファイナルファンタジーのテーマ曲をプレイしたことがある。そして今度は僕らに、Pearl Jam, Nick Cave, SavagesやThe Cureがフィーチャーされたミックス・テープを作ってくれた。彼らが入念に選んだ曲とその理由がこちら…

1. Ramones – Beat on the Brat
小学校の放課後に、いじめっ子が自分のことを待っている感覚がどんなものか良く分かっている子供として、この曲を初めて聴いたときのことは一生忘れないよ!お父さん、お母さんたち、子供を誇りに思うだろうよ!

2. Foo Fighters – All My Life
この曲を聴いたのは、僕がバンドと関わり始めた頃だった。僕はバンドのリードシンガーであるアレックスと一緒にいて、車で高速道路を走ってたんだ。僕らは最終的に、とても大事な予約をキャンセルした。レコードストアに行ってCDを買うためにね。この曲を何度でも聴けるようにさ!

3. Wilco – I Am Trying To Break Your Heart
この曲を初めて聴いたのは夏の時期だった…すぐに大好きになって、バンド仲間とスタジオに入りたいって思わせてくれたんだ。100曲を続けてレコーディングするためにね…すごくインスパイアされたよ!

4. Pearl Jam – Do The Evolution
そう、ちょっと狂った慈善活動っていうのはいつの時も最高の薬なんだ!僕は特にこの曲のビデオが好きだよ。今こそ音楽が社会改革へと戻るときだ!毎日どこに行っても耳にする聴き心地の良い音楽にはうんざりなんだよ!それが進化さ、ベイビー!!

5. Dead Kennedys – Holiday in Cambodia
Well you’ll work harder
With a gun in your back
For a bowl of rice a day
Slave for soldiers
Till you starve
Then your head is skewered on a stake

6. The Clash – Straight to Hell
ある日、僕の親友からThe Clashのこの曲のTシャツを受け取ったんだ。僕がドラッグ中毒から抜け出したから、希望や信念、愛を僕の周りに広めるシンボルとしてこのTシャツをくれたんだよ。まだ持ってるよ。そして今日に至るまで、この曲は僕の人生を変えてくれた!

7. Nick Cave – Stagger Lee
Nick Caveはバンド全員にとって、いつの時もインスピレーションに溢れた本物のアーティストなんだ。でも彼がこの曲を出したとき、僕らのファンっぷりはまた一段レベルアップしたんだよ!彼に会うまで待ってな…絶対大興奮するよ!!

8. The Cure – Pictures of You
僕はラブソングをあまり好んだことはないんだけど、このバンドThe Cureは、愛と希望をとてもダークに、でも光に満ちた方法で分かち合い、歌う術を知ってる。僕は毎回、催眠にかけられたようになって、この曲にまた恋に落ちたいと思うんだ…!

9. Savages – Shut Up
今の時代にインスピレーションを受けるような本物のバンドを見つけるのは難しい…でも初めてこの曲を聴いたとき、僕は本当に大好きになったんだよ!歌詞的にも、音楽的にも、アーティスティックにインスパイアされるものだった!今日のロックミュージックに再び希望を与えてくれたこのバンドに感謝するよ!

10. Ben Harper – Both Sides of the Gun
Ben Harperは僕のお気に入りのアーティストなんだ。彼の曲だけで10曲のプレイリストを作ることができるよ!自分のアパートで初めてこの曲を聴いたときのことを良く覚えてるよ。夕食を食べに友人たちが来てたんだけど、可哀想に、僕の頭の中は、魂を叫んでいるBenのことでいっぱいだったんだ!ごめんよ、みんな!次来るときは、ラジオをかけよう。そしたらみんなとの会話を楽しめる!!

オリジナルレビューを読む(英語)

Rocking It Out With Your Favorite Enemies

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

Rocking It Out With YFE:レビュー、そしてアレックス・フォスター&ジェフ・ボーリューとのインタビュー
10/28, 2013 1:26 PM


10月21日午後8時15分より、Your Favorite Enemiesはロンドンのキングス・クロスにあるThe Water Ratsにてライブを行った。始まりからオリジナリティに富んでいた。ギタリストのセフがバイオリンの弓を使ってギターを弾き始めたのだ。そしてアレックスはというと、機材やドラムの上に立ちながら歌っていた。彼こそ自分の音楽への熱い気持ちや情熱を最後まで途切れることなく表現し続けた男だ。

しっかりと息の合ったバンドは、彼らのロックンロールサウンドでファンタスティックに演奏した。2006年にメンバー同士が出会ったとき、全員が違うバンドに所属していたなんて思えないくらいだ。たとえメンバーそれぞれが異なる音楽的影響を受けていようとも、彼らを繋いだのは音楽だった。ジェフはNirvana、アレックスはMinor Threat…でも全員がSonic Youthへの興味と志しを分かち合った。アレックスは、Sonic Youthが“一番クールな雰囲気”を持っており、それによってバンドとして全員が一緒になったのだと言っている。

アレックスの音楽性のあるシャウトとヴォーカル、そしてギタリストのサウンドといい、バンドのパフォーマンスが疑いなくロックスタイルであるにも関わらず、そこにはキーボードを弾くミス・イザベルのエレクトロニックサウンドの要素もあった。ライブはキャッチーなヴォーカルと高速のギターリフ(メロディックサウンドもある)そして傑作的ギターソロもある期待を裏切らないものだった。アレックスはバンドにフィットする音楽のジャンルを決めるのが難しいと言う。彼はバンドを、パンク、ロック、ノイズロックと魂が注がれたものだと説明した。それはThe Water Ratsでのパフォーマンスで明らかにされた。無茶苦茶なイメージ、パンクジャンルの暗示、そしてロックとノイズロックへの高速のドラムとギターリフ。

オーディエンスがジャンプし、ヘッドバンギングしてバンドの音楽を楽しみサポートするという最高のリアクションを受け取った「Open Your Eyes」のパフォーマンスにも関わらず、彼らが演奏を好むのは、この曲ではなかった。アレックスとジェフの二人とも、演奏するのが好きな曲は「From The City To The Ocean」だと言う。この曲は普通に演奏しても12分の曲だが、特別なライブでは25分にもなる。「From The City To The Ocean」はとても長い曲であるがために、バンドを完全にワイルドにし、瞬間を捉えると同時に音楽も感じることができる。The Water Ratsでのパフォーマンスでこの曲を最後にもってきたのは、驚くことではないだろう。彼らは思い切りオーディエンスと触れ合い、その後もずっと余韻を残しておくことができたのだ。

Your Favorite Enemiesは見事なことに、日本のお寺で演奏した初めてのロックバンドである。そこは彼らのお気に入りのライブハウスとなり、彼らにとって独特でクレイジーな経験となった。「そのお寺の住職でさえジャンプしてたんだ」–アレックス・フォスター

彼らの持つ音楽への情熱はKerrang!誌に注目され、写真撮影まで行った。この写真撮影中、バンドメンバーの一人がトップレスになり、シャツを破ってヘッドバンドを作り、それで彼の胸をクロスに縛って、口をテープで塞ぐというイメージが出来上がった。“あれはとってもクレイジーでクールだったよ”とアレックスは言う。これはまたバンドの結束、連帯感、ファミリー感覚を強くさせた。バンドにあるファミリー精神と結束は、彼らのステージからも見受けられる。彼らがステージ上でどれだけ互いにサポートし合っているか、それは特にアレックスがジェフと肩を組んで、音楽に乗って揺れ動くのを見れば明らかだった。

Your Favorite Enemiesは2014年2月にニューアルバム『Between Illness And Migration』(オーストラリアと日本では発売済み)をリリースし、それに続いて同年3月にパフォーマンスのためイギリスに来る。アレックスとジェフによると、彼らのアルバムは共に音楽を作る瞬間を捉えたものであり、自身の教会スタジオにてリハーサルしていた時は、楽しむことについて、そして彼らを始まりへと立ち返らせることについてだったという。

これからバンドを始めたい人に、アレックスからのアドバイスがある:自分のままでいること。自分が始めたんだからね。音楽と仲間に誠実であり続け、ミスを許し、チャンスを掴んで、他のバンドにも感謝をすること。そして、全てはアートについて、音楽を通して自分を分かち合うことについてだってことを忘れないこと。それがYour Favorite Enemiesの表す全てさ。

オリジナルレビューを読む(英語)

Your Favorite Enemies新しい友達を見つける – La Presse

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

(DRUMMONDVILLE) ドラモンビルに住むバンドYour Favorite Enemiesは、日本、オーストラリアとヨーロッパへのツアー準備をしている。とりわけイギリスで、ラジオ出演などの成功に乗じているものの、英語で歌うロックバンドとして、ケベックでのコマーシャルラジオからは冷たい態度を受けている。

“予言者は自分の国では敬遠されるって良く言うよね”と礼儀正しくジェフ・ボーリューは言う。“ここの人たちが僕らを知るために何が必要かは分からないけど、CRTC(カナディアン・ラジオ–テレビジョン・テレコミュニケーション・コミッション)が手を貸してくれることはないだろうね(その割り当てを)”

Your Favorite Enemiesはここ数年で名前を広めるのに、Papa Roachとステージをともにするようなレアなチャンスを色々と得てきた。このようなライヴでアンダーグラウンド・カルチャーでのファンを多く掴むことができた。

新しい友人を作るため、バンドメンバーは家を一軒一軒まわってアルバムを売り歩くことに決めた。彼らは最近シェルブルックでそれを行うことにした。“僕らはDIYの哲学を選んだんだ。アルバムをプロデュースし、自分たちの機材をも購入できたから、バンドのTシャツも自分たちでプリントすることができるんだよ”とギタリストは加える。

2006年に結成されたYour Favorite Enemiesは、セフ(ギター)、ミス・イザベル(キーボード&ヴォカル)、アレックス・フォスター(ヴォーカル)、ベン・レムリン(ベース)、チャールズ・アリッシー(ドラムス)とジェフ・ボーリュー(ギター)から成る。バンドはモントリオールにて結成され、2009年に追い出されるまで、本部はヴァレンにあった。その時からドラモンビルへの冒険が始まったのだ。

“僕らはヴァレンにスタジオを持ってたんだけど、警官が何度も訪れてね。それでドラモンビルにセント・シモンの古い教会があるのを発見したんだ。僕らにとっては完璧な場所だったよ。とても静かなところだから、自分たちのことに集中できたんだ。”とボーリューは説明する。

バンドはほとんどのインスピレーションをPearl JamやNirvanaなどのグランジの流れから受け、更にはSonic Youthの回想としてより“ノイズ”を取り入れている。

アルバムセールス12万枚
2007年4月にHopeful Tragedy Recordsを設立してから数ヶ月後、Your Favorite Enemiesは初となる5曲入りEPをリリース。その翌年、バンドは彼らのファーストアルバム『Love Is A Promise Whispering Goodbye』をリリース。他国での彼らの成功は、日本人ビデオゲームコンポーザーTakeharu Ishimotoとの仕事の機会をもたらす。作詞をした3曲をディシディア:ファイナルファンタジーのオリジナルサウンドトラックに提供したのだ。

スタジオに籠り沈黙していた数年の後、バンドは『Vague Souvenir』をプロデュースし、2012年に表舞台へと舞い戻った。このアルバムはバンド初となるフランス語の曲が含まれている。

これまで、Your Favorite Enemiesは世界中で12万枚ものセールスを記録している。彼らの成功の強みと共に、バンドは4thアルバム『Between Illness And Migration』を来春カナダで発売予定だ。

現在ドラモンビルにベースを置くYour Favorite Enemiesは、日本、オーストラリアとヨーロッパに向かう準備をしている。

オリジナルレビューを読む(フランス語)

『Youthful Dreams』EPカバーにある意味

Written by Your Favorite Enemies. Posted in インタビュー

カバー写真に見たインスピレーションは?

これは1月のニューヨーク。それが東京、パリ、ロンドン、上海、サンパウロやカイロだったかもしれないようにね。僕らはこの時、アルバムのミキシング最終段階に入っていて、ニューヨークにしては珍しく、異常なほど寒い夜の道を歩いていた。寒さが僕を支配しようとしていた時、この景色(最終的に「Youthful Dreams Of An Old Empire」カバーになったもの)が僕の意識を捉えたんだ。まるで町が、寒さよりももっとしっかり僕を掴もうとしているように感じた。奇妙に静止した状態で、ネオンライトやフェイクカラーが、世界中誰もが認める方法で人生を装い、魂の集合へいやらしく身を委ねていた。かつて夢見たもの、そして最終的に自分を支配するものにおいて、僕らは主体性がなく、みな同じだ。まるで、変化ではなく魂の解放を追い求めたプロセスのどこかで、自分自身を失ったかのように。僕らはビルの反射となった。クリエイティブな混沌の幻をつくるため完璧に整頓され、組織されている。まやかしの悲しい皮肉、そして自己防衛タイプの偽物の安全に対する、鮮やかで不完全な体現から、僕らの中にある手なずけられない性質を枯らしてしまうために。

まるで、真のアートを最も明確に表したもの、すなわち人生が、僕ら自身をプラスティックで象ったものになったようだった。目に見えない色を確かめ、そして再び明確にするために、かつて僕らを導いたものは幻想の集まりになった。今や僕らの性質を手なずけるものは、その色が、追放された夢を想像する最も確かな方法だと見なしている。

あらゆる帝国は今も、本来持つ自由への望みや、境界線を超えて生きるチャンスをつかみたいという人々に、その支配的性質を課している。失敗することへの恐怖を手放したら、僕らは再び夢を見る、何度も何度も。そして僕らの目に新しい朝日が昇る。僕が見たのはそれなんだ。そしてあの景色について黙って考え、抱えて来た幻想について物思いにふけり、そして生きるチャンスを掴むため、絶対に必要な解放について考える時間を取ったんだ。その夜、僕がスタジオに入ったときにできていた凍傷について説明しながらね。他のメンバーは僕がスタジオに来る前に、仲の良い友達の家に寄ったんだと思ってるよ…まぁ、誰もが幻想やまやかしを育てているよね:)

オリジナルレビューを読む(英語)